第255話 ■「南方の悪夢4」

 侵攻を続ける魔物たちは、突如として目の前に魔力の香りを感じる。それは魔法が発動する予兆。


 それでも彼らは止まらない。いや、後続の勢いに圧されて止まることが出来ない。

 彼らの前に現れる赤白き灼熱の壁。しかもそれは三重に出来上がる。


 勢いを殺すことも出来ぬまま百単位で魔物たちは、壁に突っ込みその身を業火で燃やす。

 瞬く間に周りを焼け焦げた臭いが充満していき、その臭いで魔物たちの鼻は利かなくなる。


 その業火の壁は下級魔物がどうこう出来るものではない。数十メートル前で魔物たちの大渋滞へとなっていく。

 それはレイーネの森と同じ状況。それでも魔物の数はあの時の数倍。ファイアーボールウォールの距離も数倍と規模が違う。


 人間との戦闘経験が豊富なバルクス方面の魔物たちであれば、その業火の壁の危険性に直感で感づいていたかもしれない。


 だがボーデ方面の魔物たちは上位の魔物によって人間との接触そのものを禁止されていた。

 その分、彼らには単純に自分の侵攻を邪魔する壁程度と言う認識しかなかった。それが彼らの生死を分けることになる。


「よし、十分に溜まったところでファイアーボールをお見舞いする。タイミングはリスティに任せるよっ!」

「了解です。エル」


 リスティに指示をしながらも僕は新たな呪文の準備に入る。精密射撃に難ありだがこういった下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる状態にこそ真価を発揮することが出来る上級魔法『インフェルノ』

 その対天災級の魔法が渋滞した魔物たちの中央よりやや後方付近で次々と炸裂する。その度に魔物で覆いつくされた灰色の風景にぽっかりと円系の空白地が出来ていく。

 前方に灼熱の壁。後方に地獄の釜が口を開ける状況に魔物たちは阿鼻叫喚の状態へとなる。

 それを戦略・戦術の天才であるリスティが見逃すはずもない。

 

 リスティの右腕が振り下ろされると同時にそれまで魔物の侵入を防いでいた灼熱の壁が突如崩れ去る。

 一瞬、自分たちの侵入を拒んでいた壁がようやく効果をなくしたと考えた魔物たちは自分たちへ迫りくる炎球によりその思考を永遠に放棄することになる。

 

 まさに絨毯爆撃がごとき爆破に壁の付近にいた魔物たちはその形を残すこともなく消滅する。

 やや離れていた魔物であってもその爆風に体を引きちぎられミンチへとなる。

 

 ボーデ領の騎士がなすすべもなかった魔物たちがただその一度のバルクス軍の攻撃により半数以上を喪失したのである。

 

「再度ファイアーボールウォールを展開できるものは詠唱を。完全に展開しきる必要はありません。そこにある。それだけで十分な抑止力になります」


 リスティの声に術師は再度の詠唱を始める。

 シュタリア家流魔力増強は成人した後では劇的な効果はなかったものの、それでも術師にファイアーボールウォールを数回展開させるだけの魔力増強には貢献していた。


 初撃で混乱状態となり要塞までの距離を詰める事が叶わなかった魔物との間に再度、灼熱の壁を作り出す。

 戦いなれたバルクス方面の魔物であれば、さっさと撤退していただろう。だが目の前の大量の餌を前に魔物たちは撤退することを躊躇した。

 そしてその判断ミスは、己の命を代償とするのであった。


「いいか、向かってくる奴らはもう死に体だ。十分に引き付けてから射殺しろ」


 アインツの言葉に鉄竜騎士団の団員は忠実に己が責務を果たしていく。

 既に魔物たちの最大のアドバンテージである数は崩壊し、それでも向かってくる魔物たちは連携すらままならない。

 そんなまさに民兵の突撃がごとき状況に、精鋭しかも要塞を味方にするアインツたちが後れを取るはずもない。

 

 銃撃が響く度に次々とその骸を大地にさらしていく。そしてその銃撃は夕方近くには鳴りやむのであった。


 ――――


 アルーン要塞を眼下に見下ろす丘陵に騎馬にのる影が十数。

 その顔は、数人を除き驚愕の色が浮かぶ。とはいえそれ以外の数人に浮かぶのもただ笑うしかないといった感じの笑み。


「さてもこれほどの快勝、私の記憶の中でも見つけるのが難しいところだな」


 その中でも一人、漆黒の髪と均整の取れた体格の偉丈夫の男が満足そうに呟く。


「レイモンド卿。これがそなたの言っていた見せかけだけのバルクス騎士団よ。そちの騎士団が蹴散らしてくれるのであろう?」

「そ、それは……その……」


 尋ねられた男――レイモンド伯爵は気まずそうにその漆黒の髪の男から目をそらす。

 この男は、後継者争いでどこの勢力にも属さないバルクス家を軽んじ、排することを声高に叫んでいた一人であった。


「ファウント公爵。レイモンド卿は番犬と名高いバルクス騎士団というものを知らなかったのだ。そう責めることもなかろう」


 そんなレイモンド伯爵を庇うように一人の男がなだめるように漆黒の髪の男――ファウント公爵に声をかける。


「ふむ、ボルドー侯爵がそう言われるのであればこれ以上は言うまい」


 ボルドー侯爵家は、レイモンド伯爵家の次女を長子の側室としている。そのため親族であるレイモンド伯爵を庇ったわけである。

 ファウント公爵は満面の笑みを庇ったボルドー侯爵に向ける。

 だが、内心は取り巻きの貴族たちの無能さに嘆息したい気分でいっぱいだった。


 いや取り巻きだけではない。三百年にわたる王国の歴史は王族だけではなく貴族達も劣化させていたのだ。

 それでもパワーゲームのために無能であろうと、いや無能だからこそ重要な駒であるのだ。


 ファウント公爵が一目を置く貴族も数えるほど。その数少ないうちの一人が今まさに一万弱の魔物の大群を鎧袖一触したのである。

 はっきり言えばここについてきたこの貴族全員よりもエルスティアが欲しい人材である。

 だがファウント公爵には直感があった。エルスティアが自分におもねることは無いと。


 であれば、いかようにしてこれほどの戦力を持つエルスティアと事を構えないようにするか。

 それこそがファウント公爵には重要であった。


 ゆえにボーデ領への魔物襲撃を聞いた際、反エルスティアの貴族共を引き連れてこうして戦場へとやってきたのだ。

 これ以上、エルスティアと事を構えようとする無能者たちの口を塞ぐために……最前線に来る危険を冒してまで。


 だが危険を冒した価値はあったようだ。

 貴族共を黙らせることも出来たし、ルーティント独立戦争の際にエルスティアが使用したといわれる兵器の一端をこの目で見ることも出来たのだから。


 そんなファウント公爵の横に一人の老人――執事のロイドが近づき、耳元にそっと呟く。


「ふむ、悪いがそなたたち全員、野営地に戻り魔物たちの警戒を続けておいてくれ」

「かしこまりました……が、ファウント公爵は何を?」


 そう聞いてくるボルドー侯爵にファウント公爵は笑う。それは先ほどの作り笑いとは異なる本当の意味での笑み。


「なに、番犬と久しぶりの再会を語り合おうとな」


 と告げるのであった。

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