第223話 ■「旅人2」

 父さんと母さん、バインズ先生と話し終えて三人が退出して数分後

 ユスティに頼んでから一時間が経つ頃にユスティに連れられる形で、クリスとアリス、リスティが応接室に現れた。

 そして……

 

「あれ? ベルとメイリアも来たんだ」

「ユスティがどうせならと。私達も王都にいた頃にお会いすることが出来ませんでしたのでご挨拶を……と」


 現れた六人の女性をレスガイアさんは眺める。

 その右目――魔眼――の虹彩が怪しく光るのを僕は見逃さなかった。


「なるほど、ね」


 一通り眺めた後、何かに納得したかのように静かに頷く。そして僕を見つめると……


「エル君も好青年に見えて……なかなかの好きものね♪」

「いや、何を見てるんですか、レスガイア様」


「そりゃそれぞれの夜の営みを……」

「今すぐ、忘れてください」


 そんなものまで見えるのか、魔眼恐るべし……どうにかして僕も手に入れれないかな? いや深い意味は無いよ。

 レスガイアさんの魔眼の事を知らない皆は、不思議そうな表情をしているけれど、うん、皆、世の中知らないほうがいい事もたくさんあるんだよ。

 

「それじゃ、私からご挨拶するわね。私はレスガイア・ヘンネ。エル君から聞いているだろうし、見ればわかるとも思うけれど長命族よ。

 さっき、エル君とも話したんだけれどこれからはバルクスに移住することになるからよろしくね」

 

 レスガイアさんはそう挨拶すると笑顔を皆に向ける。その笑顔はここにいる誰よりも年若く見えるけれど実際にはこの中だと十五倍も長生きしているんだよなぁ。


「はじめまして、エルの正室のクラリス・バルクス・シュタリアです」

「……なるほど、元王女様ってのはあなたの事なのね。そしてなのね……よろしく」


 堂々と答えるクリスにレスガイアさんは笑顔を向ける。……あれ、クリスが元王女って言ったっけ?

 それとも魔眼で見たんだろうか?

 それに『あれ』と言うのは、四賢公の事だよなぁ。多分。


「イザベル・バルクス・シュタリアです。技術部の部長で……えっと、エルさんの側室、です」

「あら、初々しくてかわいいわね。……エル君、この子、私に貰えない?」

「駄目です。」

「エル君のけちぃ」


 まだ僕の妻である事を答えるのに照れが残るベルに早速絡んでいく。


「リスティア・バルクス・シュタリアです。軍令部副部長でエルの側室です」

「あら、あなたはバインズの娘だったわね。赤色の奇麗な髪色、それに黒と赤のオッドアイなんて……長命族では赤と黒のオッドアイは幸せの象徴なの。素敵ね」

「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます」


 ふむふむ、リスティのコンプレックスをさらりと肯定的に言うとはさすがだな。


「ユスティ・バルクス・シュタリア、です! 今はエル君の供付きをやっています。勿論、エル君の奥さんです」

「元気があっていいわね。うん、いずれ誰よりも強い子を産みそうね」


 ……魔眼には未来視の力もあるのかな?


「メイリア・バルクス・シュタリアです。ベルと同じく技術部の主任長をやっていて……エルスティア様の妻です」

「あら、皆とは違って特別な力は持っていないけれど……なるほど努力の賜物ね。偉いわぁ」


 なるほど、やっぱり魔眼で皆の力は見ていたんだな。と僕は納得する。


「アリストン・バルクス・シュタリアです。執務長官をやっていて。エルスの妻です」

「政の長なのね。それにしても若くて可愛いわね。大変だろうけれど頑張ってね」


 アリスにそう言ってその銀髪を楽しそうに撫でる。


「さてと、挨拶もすんだことだし難しい話はさっさと終わらせましょ」


 そして再び皆に対して優しい笑みを浮かべるのだった。


 ――――


「なるほどね。以前エル君に上げた手紙を手掛かりにグエン領と交流を持ちたい。そういう事よねエル君」

「はい、僕としてもグエン領は最も近い隣人にも関わらず、交流がない。それは領民に無駄な不安を煽る形になると思っているんです。

 相手を知り、相手に知ってもらう事で良き隣人になれるんじゃないかと。

 勿論、領主としてグエン領に商品を売るための販路が開けると利益になるという打算もあります。

 それに交流は常に好意的なものと限らない危険を孕んでいることも理解しています。

 それでも近い将来を考えた時、メリットの方が僕には重要なんです」


 かつての世界でも異文化交流は、常に良い結果を出していたわけではない。

 技術に劣る先住民への圧政・略奪など例を挙げれば枚挙に困らないだろう。


 僕が聞き知る情報では、王国民とグエン領民は開拓者と先住民の同じような立場である。

 なので十分に気を遣う必要がある。

 それでも未来に訪れるであろう人類の滅亡回避という事を考えれば亜人とも強固な協力体制を今からでも築いておきたいのだ。


 その僕の言葉を静かに聞いていたレスガイアさんは、うなずくと僕に笑顔を向ける。


「エル君の気持ち、長命族に名を連ねるものとして了解しました。

 けれど、残念ながら長命族の長に会う事はできないわ」

「そんなっ!」


 レスガイアさんの冷酷な言葉にベルは言葉を漏らす。それにレスガイアさんは笑う。


「ベルちゃん、落ち着いて。うーん、言葉が悪かったわね。正確には今は会えないというのが正解ね」

「今は会えない?」


 レスガイアさんの微妙な言い回しに今まで静かに話を聞いていたアリスが口を開く。


「それは、今は会う時ではないという事ですか?」

「そうではないの、物理的に会う事が出来ないのよ」

「物理的に……たとえば長が病に臥せっているとか?」

「残念、あの子ならピンピンしているわよ。何てったって私より五十は年下の若造なんだから」


 ……いやはや、長命族と人間族の時間のスパンのズレは恐ろしいな。


「アリスちゃんは、『森蝕しんしょく』と言う言葉を知っているかしら?」

「森蝕……すみません、初耳です」

「他のみんなも?」


 レスガイアさんの問いかけに皆が一律に頷く。


「『森蝕』というのはね。グエン領特有の異常気象の様なものなの。何十年かのスパンで森の魔素が異常なほどに増えるの。

 それに触れた動植物は魔物になる可能性があるほどに」

「という事は、バルクスの歴史の中でも数十年に一度どこから現れたかわからない魔物が西に出現するのは……」

「大方、『森蝕』が原因ね」


 まさに初耳だ。だが逆に言えば今まで不明とされていた原因を聞くことが出来たことを僥倖と思うべきかもしれない。


「という事は、今がその『森蝕』の時期だと?」

「えぇ、その通りよアリスちゃん。グエン領の亜人達は今はそれに対抗することで精いっぱい。

 長命族は、グエン領の代表として強固な結界を張る使命がある。

 その結界は外部からの侵入を一切拒む。だから会えないって事」

「……なるほど、ではその『森蝕』は何時まで続くのですか?」


 僕の問いにレスガイアさんは困った表情をする。


「それが分からないの、発生するたびに期間はまちまち。一年も続かないこともあれば数十年にもなる事もある」

「数十年……」


 その言葉に少し頭がクラリとする。長命族なら「たった」かもしれないけれど人間からしたら数十年は大きすぎる。


「そこに私が、バルクスに来た別の理由もあるのよ」

「別の理由……ですか?」

「ええ、長命族は『森蝕』が終わる時期をある程度予見することが出来る。

 エル君に呼ばれたときにこういった話になるだろうと思ったから、エル君の傍で『森蝕』が終わる時を教えてあげようとね。

 ま、最悪の場合、私の力で結界の一つや二つ突き破ってあげるわよ」


 ……いやはや、物騒な。けれどレスガイアさんなら有言実行しそうな雰囲気すらある。


「分かりました。その時にはお願いします。さてと……リスティ」

「西からの魔物の出現の原因が分かったから騎士団の一つに『森蝕』による魔物増加を監視させる。でしょ?」

「ご名答、さっそく準備をしてくれるかな」

「ええ、分かったわ。エル」


 そう言うと、リスティはレスガイアさんに一礼すると、情報を通達するために応接室を出ていく。


「レスガイア様、グエン領と交流を持つとしても情報……いえ、グエン領の風土や文化と言った知識を教えてもらえませんでしょうか?」

「えぇ、良いわよ。アリスちゃんと……クリスちゃんに教えればいいかしら?」


 リスティが部屋を出ていくのを確認した後、すぐさまのアリスのお願いにレスガイアさんは応じる。


「すみません、レスガイア様。お願いします」

「バルクスに住むお家を準備してくれるんですものお安い物よ。それに私の子供と思っているレインフォード坊とエリザの息子であるエル君の奥さんたちってことは、私にとってはかわいい孫みたいなものなんだから」


 僕の感謝の言葉に、レスガイアさんはそう明るく答えるのだった。

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