第214話 ■「懐かしき味」
「うーん、正に収穫日和だなぁ」
僕は目の前に広がる青空と青葉を見渡しながら呟く。
七月になりいよいよ僕が期待していたジャガイモの収穫時期を迎えたのだ。
この日までにもいくつかの農作物の収穫が行われ、商人連と交えて試食とともに市場価値の検討が行われてきた。
その中でも特に評判が良かったのが『キャベツ』と『ほうれん草』だ。
この世界には葉物を食べる文化はあるが、それでも種類が少なく、そして味も良くはない。
どちらかと言うと生きるために食べているという考えが強い。
けれど『キャベツ』の味は商人連だけではなく、アリィやリリィ達も大きく驚かせた。
僕だって久しぶりにキャベツを食べて美味しいと思ったのだ。葉物に対して良い印象がない皆にとっては衝撃だっただろう。
ほうれん草も
『ハツカダイコン』は味よりも収穫の早さが商人連の興味を抱かせたようだ。
確かに収穫の速さは、気候からの影響が少なくなる。そういった意味でも安定収穫が見込めるのは強みだろう。
一方で『ブロッコリー』はあまり評判は良くなかった。見た目もだけれど、味がこの世界の人間の舌にはあわなかったようだ。
ベルやメイリアは、当たり障りが無い様な言い回しを頑張ろうとしていたけれど、クリスやユスティの『美味しくない』というド直球な感想に苦笑いと共に沈黙した。
ただ一人、ローザリアだけは美味しい美味しいとバクバク食べていたのは僕にとってはありがたかった。
まぁ、ブロッコリーは元の世界でも好き嫌いが別れる食材だった。僕自身はブロッコリーは好きだったんだけどね。
ただブロッコリーは問題ないんだけれど、カリフラワーは苦手だった。
カリフラワーも食べることは出来るんだけれど、口に残るパサパサ感がどうにも苦手だったのだ。
ということで農試の結果として『キャベツ』『ほうれん草』『ハツカダイコン』を来年から侯爵直轄地で作付けすることが決まった。
販路交渉に使用するというので収穫した大半は商人連で引き取ってもらった。
キャベツについては、メイドたちにも食べてもらいたいし、僕自身も食べたいので一部は残してもらった。
『ブロッコリー』については一旦保留となった……美味しいのになぁ。
――
さて、僕にとっての大本命ともいえる食材『ジャガイモ』である。
本当は六月中にでも収穫予定ではあったんだけれど、六月は少し日照不足で生育が遅かったため、七月にずれ込むことになってしまった。
とはいえ、ここから見える青葉の茂り具合からすると十分に生育しているという期待を抱かせる。
メンバーは僕、クリス、父さん、母さん、アリィ、リリィ、アインツ、ユスティ、ベル、メイリア、レッド、ブルー、ローザリア、そして農試の職員七名の総勢二十名。
生後二ヶ月の愛息子はミーザさんが少し離れた場所でお世話をしてくれている。
こういったイベント好きなクリス。妊娠中はただ見ているだけしか出来なかったからその
「ねぇエル。ぱっと見、青葉が一面に見えるだけなんだけれど『ジャガイモ』ってあの青葉を食べるものなの?」
実物を見たことがないクリスが僕に尋ねてくる。他の皆も同じ意見だったのだろう僕に視線を向けてくる。
「違うよ、
「かいけい?」
「ま、聞くより見ろってことで……」
そういって僕は傍の一株を握るとゆっくりと引っ張っていく。それにつられて土の中からジャガイモが姿を見せていく。
その数は五つほど、うん十分な大きさだ。
「これがジャガイモだよ」
そう皆に指差して教えてあげるが……皆が向けてくる視線は冷ややかだ。
「……エル。それって根っこじゃないの? 本当に食べることが出来るんでしょうね」
「いや、騙してないから。皆も作付けする時に種芋見てたでしょ?」
「見てましたが、まさか種芋とほとんど変わらないとは思っても見なかった……というのでしょうか」
クリスの疑問にベルも口を開く。
そうだった、この世界にはイモ類が存在しない。そんな皆からしたらジャガイモも根っこの一部にしか見えないのだろう。
「とにかく僕を信じて収穫してみてよ。食べれば分かるからさっ」
「……そうね。見た目はああだけれど。実際に食べてみてから判断しないとね」
クリスの言葉に皆は頷くと収穫作業を始めていく。
ジャガイモよ耐えろ。今からお前の名誉を回復させてやるからな……
――三時間後
「うん、とりあえず今日はこのくらいかな?」
額から流れる汗を拭った僕はそう呟く。メークインと男爵芋をそれぞれ半分ほど収穫して二山となったジャガイモを見る。
収穫量としては期待以上、イモ類のメリットはこの収穫量の多さである。
「ふぃー疲れたぁ」
そういいながら双子の兄妹はジャガイモの山の横に寝転がる。さすがにぶっ続けで三時間も収穫をすれば武道派のアインツ達も疲れた様子だ。
「お兄様。収穫量としてはどんな感じでしょうか?」
「本で読んだ感じだと、十分あると思うんだけれど?」
タオルで汗を拭きながらリリィとアリシャが僕に聞いてくる。
「うん十分だね。後は連作障害も考える必要があるから注意して秋の作付け計画を立てないとね」
「はい、わかりましたお兄様」
「任せておいてよ。兄さん」
僕の言葉に二人は笑顔で答える。
農業試験だから一部はわざと連作して影響を見ることもするけれど、この世界ではどのくらいの収穫が見込めるかが重要だ。
そういった意味では期待通りといえるだろう。
「それで問題は味だと思うんだけれど。エル、これってこのまま食べるの?」
「このまま食べるってことはしないよクリス。色々な調理方法があるけれど……うん、ここはシンプルに塩茹でにしてみようか。
フレカさん、塩茹での準備をしてもらえないかな?」
「はい、すぐに準備を行います」
僕は皆に飲み物を配っていたメイドのフレカさんに声をかける。それにフレカさんは頷くと侯爵家の厨房に向かっていく。
「さてと、それじゃ試食タイムといきますか」
そう僕は高々と宣言するのだった。
――――
食堂に来た僕たちの目の前に置かれたのは塩茹でされたジャガイモの山。
うっすらと上がる湯気からの香りに味を知る僕の口の中には、自然と唾液が溢れてくる。
「うん、いい香りね」
味を知らないクリス達もその香りに顔を綻ばせる。
多くの人に味を知ってもらい、感想を貰いたかったので緊急の用事が無いメイドたちにも集まってもらった。
「それじゃ味見をば、そうそう食べる時には皮は無理して食べなくてもいいからね」
そう一言告げて僕は一つ口にほおばる。
ほどよい塩味と共に口の中に広がっていくのは、二十年ほど欲し続けていた忘れがたき味。
「あぁ……幸せだなぁ。この美味しさをまた味わえるなんて」
僕の心からの呟きに導かれるようにクリス達も恐る恐る口に含んでいく。
「……うそ……凄く美味しい」
「初めて食べる食感ですが、うん、クリスが言うように美味しい」
そして皆、驚きと共にその味と食感を絶賛していく。瞬く間に山は削れそして空になる。
「エルスティア様、確かにこれであればバルクスの特産品として十分に見通しが立ちます」
試食から参加したアリスは目を輝かせながら僕に言う。
アリスからのお墨付き。それは僕に十分な勝算を確信させる。
元の世界の食品による経済発展。その第一歩を僕たちは大きく踏み出したのであった。
――――
バルクス産のジャガイモは、通称『バルクス芋』として各地に広がっていくことになる。
各地でもジャガイモの生産は徐々に行われていく事になるのだが、どこもバルクス芋に品質で叶うことはなかった。
そのため、『真の食を味わいたいのであればバルクスに行け』という言葉が広く人々に浸透していくことになる。
ちなみに『ブロッコリー』はグエン領に住む人々には大好評で、バルクス産ブロッコリーの多くが、亜人への輸出品として重宝されることになるのであった。
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