第199話 ●「正室の暗躍2」
リスティという難敵を陥落させたクリスは、最後の一人の事を考える。
クリスにとっては、一番の難敵と考えてもいた。
メイリア・アクス・ベルクフォード。
本人としては既にアクス男爵家を捨てたという認識ではあるが、世間的には未だにアクス男爵家の末娘である。
そして彼女にはエルに対しての
クリスがいない頃の話なのでベルやユスティ達から聞いた内容であるが、メイリアはアクス男爵家の支援貴族であったラズリア・ルーティント・エスト伯爵公子の命令でエルの親友として潜り込んだスパイであった。
それは彼女の親の都合。
自分達の散財によって保っていた虚栄心のために娘を利用したのだから。
実際には、エルの身辺調査によって早々にばれていたそうだ。
それに彼女からもほぼ情報といえるものはルーティント伯爵公子に流れることも無かった。
それでも彼女の中にはエル達友人を騙していたという思いが強い。
今や技術班の中でベルの片腕といってもおかしくは無い彼女であるが、確かに他の皆に比べれば焦燥感……というのだろうか?
なにやら鬼気迫る部分を僅かながらも感じたことがあった。
それは彼女なりにエル達のために実績を残さなければならないという焦りだったのかもしれない。
贖罪というのは中々に根が深い。
贖罪とは詰まるところ、自分の罪に対しての許しを求めての行為。
そして許しという判断は、自分自身の心の持ちようなのだ。
エルがどれだけ許した――エルの事だから最初から許しているだろうけれど――と言っても本人が納得する必要があるのだ。
それは呪縛にも近い。
「ここは一つ、悪者になってみようかしらね」
こういった
そういった意味では第三者でありつつエル達とも関係が深いクリス、もしくはアリスが出番と言えるだろう。
そしてより貴族のどす黒い部分に近いところにいたクリスが最適人でもある。
クリスがメイリアに対して行うのは、荒治療であろう。
それでもメイリアの心の棘が抜けるのであれば、悪役だって買って出よう。
「あんなにも素直で可愛い子が、何時までも家族の責任を感じ続けるなんて可哀想だもんね」
メイリアの焦りは今はまだ、マイナスな部分として顕在化はしていない。
それでもいずれ何かを起こす可能性がある。
そういった部下のメンタルヘルスも当主なり、当主夫人がフォローすることも大事なのだ。
……エルの側室にしたいがための理論武装じゃないか? といわれたらそうなのだが。
自分が諦めかけていた『好きな人と幸せになる』という同じような夢を持つ彼女を応援したいというのも本心なのだから。
――――
「メイリア、少し邪魔するわね」
「クリス、珍しいね。ベルの所じゃなくて私のところに来るなんて」
技術班の彼女に割り当てられた個室で何らかの図面を引いていたメイリアは、突然のクリスの来訪に驚きつつも椅子の準備を始める。
リスティもだが、妊娠中のクリスに対する何気ない気遣いに心がほっと休まる。
メイリアの個室は開発中と思しき機械や何枚も記入された図面と物が多くありながらも彼女の性格ゆえか整理整頓が行き届いている。
こういった所はベルも同じだからこそ二人の相性が良いのだろう。
クリスも出来ることは自分でもやっては来ていたが、それでも元王女ということもあり色々と制限されていた。
その中でも料理や掃除は、大怪我をするからという大げさな理由とメイドたちにやらせれば良いと禁止されていた。
まぁ実際、料理はバルクスにいる頃にエリザベート義母様と一緒に台所に立つこともあった。
後にして思えば、義母様から習った料理の多くがエルの好物だったから、義母様の中で何らかの予感があったのだろうか?
シュタリア家に嫁いだ後も出来るだけ料理は、出されるメニューの一品を作るくらいではあるのだけれど、
メイドや料理人たちに過敏に心配されながらも続けている。
けれど未だに掃除については、苦手である。要領が悪いのだろうか?
どこかのタイミングでベルやメイリアから手ほどきを受けたいものである。
「仕事中なのに御免なさいね。これは……」
クリスはメイリアが先ほどまで引いていた図面を見る。
何かの断面図なのか記入された図に細かく数値が記載されている。
「こちらはバルクス領内の道路舗装案です」
その視線に気付いたメイリアがクリスに伝える。
「へー、道路の舗装を行うのね」
「実際には予算の関係でもう少し先にはなると思いますが、案とそれを元にした予算検討しないといけませんので」
メイリアはそう話す。
予算といっても人件費や雑費に関してはメイリアでは難しい。
だからキロ当たりを舗装するのに掛かる材料量と工期を計算しているのだろう。
図面の端のほうに事細かい数字が記載されている。
それ以外にもメイリアの個室にはベルの個室と同様に何に使うのか――エルの前世の道具を再現した物だろう――も分からないものがあるのでついつい目移りしてしまう。
(おっと、いけないいけない。悪者モード、悪者モード)
何時ものように和やかな雰囲気で話をしそうになっていたのを意識的に引き締める。
そんな中でメイリアは個室の横に設置された小さな台所でお茶を入れるための湯を沸かし始める。
エルが開発した『ライター』という火種程度の炎を生み出す魔法のおかげでバルクス家ではメイドを含めて火起こしの労力が劇的に減っている。
以前話したことで中級魔法を使える人間の絶対数の少なさを今更ながらに思い出したエルは、低級魔法と同等の魔法量使用で攻撃魔法を転用した生活に役立つ一般魔法の開発をクリスと共に行っている。
エアウィンドを可能な限り圧縮し、それを解放することによる衝撃で岩や地面を破壊する『ダイナマイト』と呼ぶ魔法のおかげで掘削作業もスピーディーになった。
開発中に別にエアウィンドじゃなくてももっと効率的な魔法があるんじゃないかと尋ねた時には『いや、土属性には風属性だから』とよく分からない答えを返されたこともあった。
エルの中では何かしらのこだわりがあったのだろう。
魔法が完成した時も小声で『これでノーベル賞は頂いた……いやエルスティア賞を作らないといけないのか?』と呟いていた。
エルの前世での何らかの賞なのだろうか? しかし賞を作るというのは一体何なのか?
とはいえ、その内容は多種多様。何の役に立つのかも分からないような魔法の案を伝えられたこともあった。
最近だと『棒が意図した方向に倒れる』という魔法を真剣に考えていたが何の意味があるのだろうか?
「クリス。どうぞ」
「ええ、ありがとう」
そんな事をボーっと考えていたクリスにメイリアは淹れたての紅茶を差し出す。
それを口に含み、深呼吸をする。
さて、演技のお時間だ。
「それでクリス。本日はどういったようだったんですか?」
「ある話を耳にしたから、ちょっと話をしようとね」
「ある話……ですか?」
「なんでも学生時代、エルやベル達にスパイをするために友達になったそうね?」
そう語るクリスの言葉に、メイリアの体が硬くなったことを見て取る。
顔に浮かぶ、柔和で可愛らしい笑顔もやや強張っただろうか?
その態度が、クリスに未だにメイリアの心の棘であった事を再確認させる。
「そ……れは……」
何とかして紡ごうとするメイリアの言葉を遮るかのようにクリスは口を開く。
「最悪最低ね」
そう冷たく言い放つのであった。
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