第188話 ■「魔物の巣 掃討作戦5」

 ローザリアの話を聞きながら僕たちは戻ってきていた。


 ローザリア・エンザ・モード。


 今年で十五歳になるそうだ。

 一年の考え方は、僕たちと同じということなので四歳年下ということになる。

 ということは、アリシャやリリィと同い年ということか。


 そういう意味では現状の砕けた言動は年相応のような気もする。

 戦闘中の凛々しいバージョンも良かったけれどね。


 家族は、両祖父母と両親、四歳年上の兄と二歳年下の妹の九人家族だったが、妹は魔物によって命を落とした。

 両祖父母も魔物の襲撃の際に戦い命を落としたらしい。


 彼女は『成人前に郷を出ることを禁止する』という氏族の掟を妹を助けるために破ったため帰郷は難しいということだ。

 そういう事でバルクスについてくることを提案、それに僕は賛成した。


 彼女の帰郷したいという気持ちが間接的にここに魔物の巣を作り出す遠因になったとはいえ、それで彼女を責めるというのも違う気がする。

 それに魔物の巣窟といっても良いこの場所に女の子を一人残すというのも気が引けるしね。


 さて、彼女の種族であるルーファ族についてだ。


 ルーファ族は、見た目は人間に限りなく近い。

 ただ違う部分があるとすれば、戦闘の際に距離を瞬く間に詰めた動物的な身体能力と頭上にある猫耳。


 手足も爪先が若干尖っているけど人間とほぼ同じ――肉球が無いのはまことに残念だ。


 尻尾も血族によっては退化して無いこともあるらしいが、ローザリアに関しては素晴らしいことにあった。

 戦闘中は邪魔にならないように腰に巻きつけていたそうで、戦闘後は感情に合わせてゆらゆら揺れている。


 ……いつかモフモフさせてもらおう。うん。


 生活体系は狩猟生活を中心としており、小麦といった食料も一部生産をしているらしい。

 住環境は大量に生息する『ロカ』と言う木で作ったコテージのような建物に住んでいる。

 日本で言えば弥生時代のような感じだろうか?


 人間――ここでは王国かな? ――との交流も無いから技術レベルについては数段劣る感じだろう。

 

 政治体制は氏族長を頂点とした長老八人による合議制。

 その長老達により八部族が点在しておりローザリアは『エンザ』の一員だそうだ。

 つまり彼女達のミドルネームが部族を表すということだ。


 いまだ閉鎖的な社会であるが、若年層の中には王国との国交を望む声も大きくなっているそうだ。


 原因は、生活基礎である狩猟による収穫がここ数年は落ち込んでいること。

 王国の農耕技術を取り入れて食料を安定供給するべし。という事らしい。


 ふむ、僕にとっても商売のチャンスになりそうな話ではあるな。


 さて、ローザリアがバルクスで今後暮らすとして、やはり生活環境といった部分でのフォローが必要になるだろう。


 けれど僕にしろアインツにしろ男。

 女性特有の問題が発生した場合、どうしようもない可能性があるので……


「……ということでローザリアのサポートをユスティにお願いしたいんだけど?」

「ふーん、その子が……」


 そう呟きながらユスティは自分の兄の右腕に掴まったままのローザリアを下から上へと見る。

 その視線は……何か含むところがあるのだろうか? やけに厳しい。


 ローザリアもその視線に気付いているのかチョットだけビクビクしているようにも見える。

 うーん、全身が社交性で出来たようなユスティでも敵対した相手をバルクスに迎えるということに否定的なのだろうか?


「はぁ……、エル君、アインツ兄……」


 そう考えていた僕の前でユスティは深くため息を吐き、呟く。


「何っ! この子! すっごい可愛い!

 耳が可愛い! 尻尾もモフモフっ!

 こ、この子の世話を私がしてもいいんだよねっ!


 み、耳とか尻尾とかも触ってもいいのかなっ! やっぱり駄目かな!

 い、一緒のベッドで一緒に寝たりとか……やっばい、凄く楽しそうっ!

 アインツ兄! 妹にするから私に頂戴っ!」


 …………あー、うん、すっごいテンションだ……今まで見たことも無いほどに。


「ユスティ、とりあえず落ち着け。ローザリアが怯える」


 そんなテンションマックスの双子の妹に慣れているのだろう。

 興奮冷めやらぬユスティのおでこを軽くはたきながら言う。


 その衝撃に冷静さを取り戻したらしい。

 ユスティは誤魔化すように咳を一つすると、自分より少しだけ背の低いローザリアの目線にかがみこむと笑顔を向ける。


「初めまして。ローザリアちゃん。ユスティ・ヒリス・ラスティです。

 アインツ・ヒリス・ラスティの双子の妹だよ」

「アインツの妹?」


「うん、そう」

「アインツの妹……ということは私にとってはもう一人のご主人?」

「ご、ご主人……それはとても魅力的ではあるけれど……お姉ちゃんって呼んでもらえるかな?」


「……ん、お姉……ちゃん?」

「…………エル君、私、生まれてきた事に今ものすごく感謝しているよ」


 すごいな、そこまでなのか。


「ユスティって末っ子だろ。弟妹ってのにものすごい憧れがあるんだよ」


 アインツがそう付け加える。

 うん、弟妹に憧れるってのは非常によく分かるよ。ユスティ。


 とりあえずは、ユスティにローザリアへの思うところが無いってのが分かったから問題ないだろう。


「エルスリードに戻ったらユスティの部屋の隣に住んでもらうからよろしくお願いするよ。ユスティ」

「うん、任せておいて!」


 ユスティはアインツからローザリアを引っぺがし後ろから抱きしめながら、強く答えるのだった。


 ――――


「おぅ、戻ったかエル坊」


 事後処理の指示を出していたルッツ団長は、僕の気配に気がついたのか振り返りながらニヤリと笑う。

 僕とアインツが魔物の巣に行っている間に、こちらもオークとトロールの殲滅に成功していた。


「お疲れ様です。御大。それで……こちらの被害は?」


 そう聞く僕にルッツ団長は付いて来いと手招きをし、歩き出す。


 連れて行かれたのは簡易的に作られたテント。

 そこにルッツ団長は入る。僕も続いてテントの中へと入る。


 そこは外界とは隔絶されているかのように気温が一気に下がる。

 聖遺物か何かで温度を下げているのだろうか?


 そこには白い布で覆われた物が三つ……布は人の形を作り出す。

 そして布の上には剣と兜が置かれている。


「三人……死んだ。リスティ嬢やユスティ嬢の治癒魔法のおかげでかなりの人数は助けられたんだがな。

 さすがに即死となると上級治癒魔法でも無い限り……な」

「……そう、ですか……」


 それは僕にとって仲間を失うという初めての経験。

 口の中に苦味が拡がっていく。


「エル坊、今何を考えている。まさか今回の遠征を後悔とかしてないだろうな?」


 そんな僕にルッツ団長が問いかけてくる。

 その声色はいつもより強く、重い。


「いいえ、今回の遠征は今後の事を考えれば必要でした。

 ただもっと他に上手いやり方があったんじゃないかって……」


 そう言う僕の頭をルッツ団長はガシガシと撫でる。


「よし、なら良い。いいかエル坊、そうやって反省することは良い。

 反省は次に繋がるからだ。だが後悔はするな。

 それは命を賭して戦い死んだ三人、いや全騎士に対する侮辱だ」

「……」


「俺たち騎士は領主であるエルスティア・バルクス・シュタリア辺境候、お前の命令どおりに動く。

 例えそれが間違っているんじゃないかと内心思ってもだ。

 個人が間違っていると判断して命令を無視するようなことがあればもはや軍として成り立たなくなる」

「……はい」


「だからこそ、お前は命令したことに対して後悔はするな。

 大げさに言えば、例えその命令で全滅したとしても『それが何だ』と堂々としていろ」

「それは……難しいですね」


「あぁ、難しい。だがそれでも。だ。全滅したのならなぜ全滅することになったのかは反省しろ。

 だが、自分がこんな命令をしなければ。と後悔はするな」

「御大は、厳しいですね」


 そう苦笑いする僕の頭をルッツ団長は次は優しく撫でる。


「俺たちはお前が後悔しないように出来ることは何でもやってやる。

 お前の命令が無謀だと思えば諫めるし別案を提示する。その為に俺たちやリスティ嬢が居るんだ。

 だからお前は、堂々と王道を歩め」

「……はい、年長者の有難い言葉として肝に銘じて」


「あぁ、それでいい。それでこそ俺が忠誠を誓う辺境候閣下だ」


 そう、ルッツは笑うのであった。


 ――――


 王国歴三百十一年十一月二十四日


 エルスティア・バルクス・シュタリア辺境候は、魔物の巣の壊滅と周辺の安全を確保後、予定よりも早く主都エルスリードへと戻る。


 同年十二月

 第四騎士団指揮の下、監視塔の基礎工事が開始される。


 それは野営地以外で人類が魔稜の大森林への足がかりを築く大きな一歩となるのであった。

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