第186話 ■「魔物の巣 掃討作戦3」

「やけに静か……だな」

「うん、何も居ないみたいだ……」


 魔物の巣までたどり着いた僕たちは周辺を警戒しながら奥へと向かう。


 『インフェルノ』による焼け焦げた臭いがかすかに漂う。

 爆破による衝撃で死んだ遺体は幾つも転がっているがインフェルノの爆心地付近には遺体の姿は一つも無い。

 地獄の業火は、遺体を残すほどの慈悲は無いからだ。


 リーダークラスが居るというのはあくまでも全体を通しての予想でしかない。

 居るのかどうかは不明、本当は居なかったというのもありえる。


 その見えざる敵を警戒しながらすすむのは予想以上に神経を使う。

 九月も後半になり涼しくなってきているにも関わらず僕の頬を一筋の汗が流れていく。


「エルっ! 前方右!」


 アインツが大声を上げながら僕の前に進み出ると双剣を振り上げる。

 かすかな金属音と共に一本の矢が地面に落ちる。


「矢!? 敵はアーチャークラスか?」


 そういいながら僕とアインツは背中合わせになる。

 そうして前後の死角を無くすためだ。


「わからん、だがオークにもトロールにもアーチャークラスは居なかったよな」

「うん、僕達が未知の新種なのか……全く別の魔物なのか……」


「エルも知らない……っか!」


 そう言いながら新たに放たれた矢もアインツは切り落とす。


「っち、やけに正確だな。エル、敵の姿は見たか?」

「ううん、障害物のせいで見れてない」


 このあたりは自然の岩により視界が十分に通らない場所がある。

 おそらくそこから狙撃をしてきているのだ。

 このままだとジリ貧になる。


「アインツ! 少しの間援護を頼む。僕は障害物を破壊する」

「あぁ、頼む」


 僕は、アインツに確認を取るとすぐに詠唱を始める。

 その間も敵からの狙撃が続く。


 僕の耳にはアインツが矢を切り落とした音が聞こえてくる。

 それでも僕には不安は無い。


 アインツであれば問題なく僕を護衛してくれる。

 その信頼があるからだ。


「……『アビスボール』」


 詠唱を終えた僕の指先に二cmほどの小さな黒い玉がいくつも現れる。

 それはフワフワと空中を漂いながら周りに点在する障害物となる岩へと向かう。


 そして触れると同時に、瞬く間に二mほどの大きな黒い玉へと変貌する。

 そしてその黒い玉が透けるように消えた後、岩はそこにあったことが嘘のように消え去っている。

 そしてアビスボールより大きかった岩は、自重に耐え切れず次々と倒壊し周りに土煙を巻き上げた。


 アビスボール――


 『深淵の玉』の名が表すように、黒い玉が全てを飲み込む中級魔法最強の威力を持つ魔法である。

 だが欠点はそのあまりにゆっくりとした速度である。


 これでは正直、動く的に当てることは不可能となる。


 僕としてもその速度を上げようと色々試してみたがことごとく失敗に終わった。


 例えば今までのようにエア・ウィンドによって速度アップを試みたら、エア・ウィンド自体を飲み込んでしまうのだ。

 ならばとアビスボールの魔方陣自体をいじろうとしたが、元々が攻撃全振りの絶妙なバランスで出来ていていじりようがなかった。


 最終的には静止物への破壊用として割り切ったのである。


 障害物の岩の倒壊による土煙が少しずつ晴れるに付き、僕たちの目は一つの影を視認した。


 高さはオークよりも少し低い……百五十程だろうか。

 倒壊により起こった風に髪がたなびく……ん? 髪?


「……おいおい、嘘だろ」

「なんで、こんな所に……」

「「人が居るんだよっ!」」


 そう、それはオークやトロールといった魔物ではない。

 僕たちが見慣れた人と同じ姿の――少女であった。


 ――――


 そう、目の前に居るのは人。

 全体的な肉付きや胸の部分が男性とは異なる膨らみがあるから女性であろう。


 やや浅黒な肌を獣の皮と布で作り出した服が覆う。

 幼さを残しながらも凛々しい女性の顔立ちは僕たちと同じか下くらいだろうか?


 ただ僕たちと大きく異なる部分――頭の上部から三角形の山が二つ覗く。

 そしてそれはまるで意思があるように動く。

 ややくすんだ金髪に隠れてよく分からないけれど本来耳がある部分に膨らみは無い。


 音に反応する『猫耳カチューシャ』を付けているのでなければ、それは紛れも無く本物だろう。

 この世界に来てそんなもの見たことも聞いたことも無い。


 いわゆる猫耳族って感じだ。


 左手に弓を持ち、背中には弓筒。

 右横には彼女の身長より長い槍を地面にさしている。

 今までの攻撃は彼女と見て間違いないだろう。


「まさかグエン領の……亜人?」


 その僕の呟きをその少女は聞き逃さなかった。


「グエン領ではない! グエンサリティスファルンテだ!

 そして亜人と一括りにするな! 誇り高きルーファ族という名がある!」


 怒気を含めた声を上げる。

 彼女にとってグエン領と省略されることや亜人と言われるのはお気に召さないらしい。

 まぁ、たしかに亜人ってのは人側の立場からの物言いだ。蔑称に近い。


 それに僕は素直に頭を下げる。


「これは失礼した。

 私はエスカリア王国バルクス辺境候、エルスティア・バルクス・シュタリアと申す」


「……バルクス辺境候 鉄竜騎士団、アインツ・ヒリス・ラスティだ」


 未だ武器をもつ彼女の一挙手一投足に気をつけながらアインツも名乗る。


「グエンサリティスファルンテ 十六氏族がルーファ族。

 ローザリア・エンザ・モード」


 ローザリア・エンザ・モード。

 それが彼女の名前なのだろう。


 それに……少なくともグエン領には十六の氏族がいるという情報も得ることが出来た。

 そういった情報も無いくらい交流が無いのだ。


 バインズ先生と父さんの師匠のレスガイアさんの長命族ルフィアンと合わせて後十四氏族居ると考えればいいのだろうか。


「それではローザリア殿。幾つか質問してもいいだろうか?」

「質問したいのであれば……」


 そう言いながらローザリアは左手に持った弓を捨て、地面に刺していた槍を手に取る。


「その武を示せ」


 そう槍先を僕たちに向ける。


「やれやれ、西の方達は血気盛んだな。

 エル、俺が行ってもいいよな」

「アインツも人の事いえないでしょ。

 なんだか嬉しそうじゃん」


 僕は苦笑いしながらアインツに言う。


「いやぁ、久しぶりに強そうな相手なもんでね」

「いいけど、殺しちゃ駄目だからね」

「鋭意努力するさ」


 そうして、アインツは双剣を構えたままローザリアと対峙する。


 相手の出方を覗うかのように対峙すること一分。

 先に動いたのはローザリアだった。


 一瞬体を低くしたかと思った刹那、爆発的な速度でアインツとの間合いを詰めると槍を突き出す。

 それをアインツは右手に持つ剣で上から叩き払う。

 それにより槍はアインツの右側を数センチの距離で通り過ぎる。


 槍はその形状上一撃を避けられると無防備になる。

 槍によってはそれを避けるために左右対称に「月牙」と呼ばれる三日月状の刃を付け。

 『切る』『突く』『「叩く』『薙ぐ』『払う』を可能とするげきへと昇華した。

 ただ、ローザリアがもつのはいたってシンプルな槍。


 渾身の初撃をアインツが避けたことでアインツが完全に有利になったはずだった。

 現にアインツは自分の右側を槍が通り過ぎた後、左手に持つ剣でローザリアを下から切り付けんとしていた。


 まさに勝負あり。のはずだった。


 そこで僕とアインツは驚かされることになる。


 彼女は手に持つ槍をあっさりと離すと、今まさに迫り来る剣を持つアインツの左手に蹴りを入れる。

 全く予想していなかった動きにアインツの左腕は蹴りの勢いに大きく跳ね上がると同時に剣が左手から離れ遠くに突き刺さる。


「ったく、ルーファ族ってのは足癖が悪いのかよ」


 そう言いながらもアインツは左手に――恐らく骨折したのだろう――自身で治癒魔法をかける。

 その間もその視線はローザリアから離れることは無い。


 ローザリアの蹴りにより左の剣は遠くに突き刺さったとはいえアインツは右手に剣が残る。

 一方、彼女は槍を捨てたことで無手状態。

 優勢度でいえばアインツのほうが上だった。


「お前、アインツといったか?」

「ああ、そうだが」


「強いな。私の初撃をあんなにも簡単にかわした奴は初めてみた」

「いやいや、あの速度は内心驚かされたってのが本心だぜ」


 ……あの爆発的な速度は僕だったらかわせたか? と聞かれると正直自信が無い。

 あれが亜じ……いや、ルーファ族の持つ身体能力なのだろうか?

 まさに肉食動物が捕食動物を狩るかのごとくだった。


「こっちとしても、あぁも簡単に武器を捨てるのは予想外だったぞ」

「……ルーファ族にとっては武器は、造りだす物。

 お前達の騎士という奴らのように一つの武器を使い続ける必要がない」


 ん? 造りだす? どういう意味だ?

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