第185話 ■「魔物の巣 掃討作戦2」

「重視目標は、トロール! 第三騎士団に楽させるぞっ!」


 アインツの号令の元、鉄竜騎士団六百人の銃から一斉に射撃が開始される。


 ルーティントの戦い以降、一部先行して二個中隊まで増強が行われていた。

 また銃についても前装式の『エンフィールド』から後装式の『バルシード』に換装が完了している。

 攻撃力という意味ではルーティントの時からは段違いに強くなっていた。


 アインツが銃撃をトロールに対して重点的に行うように指示したのも意味はある。


 まずは、近接戦でオークとトロールのどちらが組しやすいか? だ。

 どちらもランク付けでは低級魔物となる。


 それでもオークとトロールでは圧倒的にトロールのほうが強い。

 遠距離攻撃でつぶせるのであれば先ずはトロールということだ。


 もうひとつは、トロールの生命力の強さが理由だ。

 トロールがオークより強いと呼ばれる理由の一つが、その驚異的な生命力だ。


 生半可な攻撃で受けた傷は、トロール自体が生きていれば数分で回復することが出来る。

 腕が千切れようが十五分もあれば元通りになるほどだ。


 それは銃創であっても一緒だ。

 銃弾一発だと簡単に回復されてしまう。

 だからトロールに銃撃を集中させて完全に息の根を止める必要があるのだ。


 アインツの徹底した指示によりトロールは次々とたおれていく。

 最初の千近くを考えると三分の一程度までその数を減らしている。

 それでもまだ三百ほどがこちらへと向かってくる。

 これだけ倒されても逃亡しないということは、やはりリーダーが居るのだろう。


 向かい来る敵の先頭集団と鉄竜騎士団の距離が詰まり徐々に銃撃では厳しくなりつつあった。


「鉄竜騎士団は後退を! 第三騎士団掃討作戦に移ります!」

「うっしゃ、お前ら! 二十も行っていない餓鬼共が半分以上も倒したんだっ!

 まさか自分達が遅れを取るなんて思っていないだろうな!」


 リスティの指示にルッツ団長が吼える。


 それは第三騎士団の三千人に発破をかけるだけにとどまらない。

 一斉に上がる地響きのような騎士達の声に、さらに自分達を高揚させる。


「ったく、これがベテランの統率力ってか。とても勝てねぇな」


 引き上げてきたアインツが苦笑いと共に言う。


「とりあえず、僕たちは僕たちの作戦を続けよう。アインツ、少しは休むかい?」

「はっ、馬鹿言え。こっちは気力体力共に十分だよ」


 そう言い合うとお互いにニヤリと笑う。


 そして鞘から剣を抜き放つ。

 アインツの双剣に光るは「ミスティアの花」と「三日月」の刻印。

 九年前、感謝と共に送ったその武具をアインツのみならず皆が今でも大事に使ってくれていることが嬉しかった。


「エル様、アインツ君。どうやら敵のリーダークラスは魔物の巣から動いていないようです。

 このまま動くのを待つのも有りですが、こちらの被害を考慮すると……」

「打って出たほうがいいか……」


 僕の言葉にリスティは頷く。

 僕にしろアインツにしろ当主と騎士団長である前に、個々の戦力としてみた場合、客観的に見ても抜きん出ている。


 中級魔法を連発でき、剣術も人並み以上に出来る騎士は王国全土で見ても少ない。


 もちろん騎士であれば、ある程度の魔法は使えるがそれでも下級魔法どまりが圧倒的多数。

 ルッツ団長のように多くの騎士が刻印を刻んだ魔道具を使って、不足分の魔力を補うのだ。


 僕を含めてアインツ・ユスティ・リスティ・レッドとブルーの計六人が同一領にいる事自体珍しいともいえる。

 (ベルにメイリアやクリス、妹達もではあるけれど、戦場に立たないので一旦除外する)


 戦略・戦術担当であるリスティとしては、当主である僕には出来るだけ危険な場所に行くことを避けさせたいのが本心だろう。

 けれど、バルクス家には『シュタリアは前線に立つを良しとする』という家訓が存在する。


 前線に立つことが避けられないのであれば、いかにしてその危険を取り除くか? に注力する事にしたらしい。

 そしてたどり着いた結論……というか暴論? は


 『戦場に立つエルの周りに出来るだけ味方を置かないこと』


 だった。


 僕が得意としている魔法は、何度も言うように面制圧型、つまりは広範囲を圧倒的火力で問答無用で制圧することだ。

 今回使った『インフェルノ』もそうだね。


 一方で正確さを要求される射撃型魔法はどちらかというと不得意である。

 ウォーターアローとかアイスボールを僕は好んで使ってはいるけれど、現状でも意図したポイントから少しズレがある自覚はあったりする。

 これについては、クリスとアリシャ、リリィが圧倒的に才能がある。


 フレンドリーファイアーを無効化できるゲームと違って、僕の魔法の余波で味方が死ぬ事だってある。

 それを気にして最も得意とする魔法に制限がかかることは、生死をかけた戦場では死に直結する。


 であれば、味方を置かないのでどうぞご自由に。という結論に達したらしい。

 リスティの性格を考えるとよくここまで暴論に出れたものだと素直に驚いたものだ。


 とはいえ、さすがに一人きりというのはまずい。

 暗殺してくださいって言っているのと等しいからね。


 それゆえいくつかの対策をしている。

 

 まずは、エアシールドを体全体に作り出す魔法が完成したことだ。


 これには中々苦労したけれどこれが出来たからこそ、リスティのGOサインが出たともいえる。


 普段使っているエアシールドと違い、攻撃を一度防ぐと解除されてしまう簡易的なものだが、不意打ちは防ぐことが出来る。

 解除されても再度作り出せばいいのだ。


 より安心するために二重に作り出すようにしている。


 この魔法についてはアインツやユスティ、リスティも使うようにしている。

 いずれ、魔法の教育により騎士団の魔力量水準が上がればデフォルト発動にしたいところである。


 そしてもう一つは忠犬アインツ……もといアインツが護衛することにしている。

 戦闘において僕と一番呼吸を合わせるのが上手なのがアインツなのだ。

 今後の事を考えた場合、いつまでも騎士団長が護衛というのは厳しいけれど暫定対応といったところだ。


 僕としても一人だけを気にすればいいから、魔法の使用制限がかなり緩くなる。

 それに僕が面制圧魔法を使用する際には、アインツは上手に回避することが出来る。


 ……本人曰く『学生時代から何回も危ない目にあったから慣れた』だそうだ。

 失礼な。そこまで僕も節操なく使って……ない……はず……だよね?


 ま、気を取り直して。


 今回もアインツ一人を護衛として敵のリーダークラスの討伐を僕が担当することになった。

 鉄竜騎士団は副団長ユスティ指揮のもと、軍令部の護衛を行う。


「それじゃ行こうか。アインツ。前は任せた」

「おう、任された」


「二人とも無理しないで、ちゃんと帰ってきてくださいね」

「そうだよ、二人とも帰ってクリスとベルたちを安心させなきゃいけないんだからね」


 リスティとユスティの言葉に、僕とアインツは右手の親指を立てて答える。

 そして頷きあい、魔物の巣に向かって駆け出す。


 魔物の巣の掃討作戦は半ばに差し掛かっていた。

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