第174話 ●「娯楽」
―― 某所 ――
そこに広がるは闇。
そんな闇が支配する中で彼らは集う。その闇こそが自分達の場所であるかのように。
そこにあるは七体の影。
「よう『
たしか以前来たのは……」
「六十四年前ですよ『
蠱毒と呼ばれた男――ルーディアス――は話しかけてきた男にそう返す。
ルーディアス・ベルツ。
年齢は四十代後半、開いているのか閉じているのかも分からない細目で腰には護身用なのか柄の赤いナイフを下げる。
だが実年齢は誰も……おそらく本人すら覚えていない。
自我が目覚めた時からずっとこの姿のままなのだから。
彼……いや、彼を含む七体は魔人なのだから。
『蠱毒』というのが
それも五つ目の名前である。
一方の『雷腕』は『蠱毒』の細身の体であれば三人分は余裕で入りそうなほどの筋肉質の体つき。
背も『蠱毒』よりさらに五十cmは高い。
名にも入る腕の太さは樹齢何百年もの木を思わせる。
顔つきは人間に近いが、額に突き出した黒い角と薄紫色の肌色が人間種で無い事を理解させる。
ゆえに彼には人間社会に紛れ込むための名は無い。
『蠱毒』は肉体的な強さでは他の幹部達に比べれば一段も二段も劣る。
現に目の前にいる『雷腕』であれば十秒も持たずに肉団子にされるだろう……まぁそれでも数百年もすれば復活できるが。
彼が得意とするのは毒全般。その中にはもちろん蠱毒も存在する。
彼の能力は、毒に対しての圧倒的な抵抗力がある魔人たちとの戦いには向いていない。
だが人間種となれば別だ。彼らは簡単な毒ですら命を落とす矮小な存在なのだから。
また彼は自分自身が毒ともなれる。
他の幹部たちと違い見た目は人間種と同様。
人間社会の中に紛れ込み腐らせる事を他の幹部たちに期待されている。
彼らの最終的な目的は『人間種の根絶』である。
魔人一人一人が『神災級』といってもいい。
全員が同時に人間種の生存圏へ攻撃を行えば恐らく七日もあれば成就するだろう。
だが彼らはそれをしない……いやできない。
彼ら魔人は強い……いや、
五千年前、魔人たちは魔稜の大森林以南で大勢力を誇った。
そんな彼らは生存域を求めて
人間種は、進んだ技術で作り出した武器――今では聖遺物と呼ばれる――で対抗したが力足りずに多くの技術を失いながら敗退を続けた。
全てが終わる。
それを目前とした時、魔人族と対となる者……神族が介入を始めた。
本来、魔人族と神族は戦力的には拮抗していた。
だが、弱者とはいえ人間種との長期に渡る戦いで疲弊していた。
そこを神族に衝かれたのだ。
神族との戦争により多くの
いまや存在する場所が把握できる魔人はここにいる七体のみ。
他にも十数体いるのだが……どこで何をしているのかもさっぱりわからない。
そもそも魔人が何かの目標のために動くということ自体が稀なのだ。
この歴史が記された書物は王国中央の図書館の最深部にのみ残る。
ゆえに大多数の人達は知ることが無い。
そう、魔人という存在がいる事すらも……
先の屈辱を受け魔人たちは理解した。
神族の強さの源は人間種の信仰心。
先の大戦も滅亡を間近にした人間種の救済の祈りが神族の力を増していた。
つまりは人間種を根絶すれば、神族はその力を十分に発揮できなくなる。
その時こそ神族から同胞を取り戻し、今度はこちらが天敵を打ち滅ぼす。
今は
そして神族が人間種に介入できる条件は、魔人による直接的な被害が必要となる。
つまりは自分達が直接介入をすれば、神族に直接介入する大義名分を与えてしまう。
今の魔人七体でも神族にかなりのダメージを与えることはできるだろうが、その先に待つのは敗北の二文字。
だが、間接的な……人間種同士で争う原因を作るだけであれば限りなく黒に近いグレーゾーンになる。
だがそれでも黒ではない。――疑わしきは罰せず――それでは神族は介入できない。
『蠱毒』も、結果的に死ぬことはあったとしても彼自身が直接殺した人間は一人もいない。
ラズリアの件もあくまでもラズリアの直接的な死の原因はエルスティア――いちゃもんに近いレベルだが――の手によるものだ。
それが柔軟に出来るからこそ彼は重宝されているのだ。
『雷腕』であればあっという間に殺してしまう。彼に力を調整するだけの技術を求めるのは酷というものだ。
現に『蠱毒』により人間社会内に『深紅』という組織を作り出した。
そして自身――ルーディアス・ベルツを幹部の一人として各地に根を張りつつある。
彼が下げる柄の赤い短剣――赤を基調とした物を持つこと――がその組織の一員であることを示している。
彼は複数いる幹部の一人という事になっているが、他の幹部は
魔人によって部下達の多くを占める人間は、人間種根絶の駒として使われているのだ。
「さて皆揃ったかな」
その声に『蠱毒』と『雷腕』は頭を下げる。
その声の主は魔人の中においても抜きん出た格であるからだ。
「は、『蠱毒』『雷腕』『激風』『獄炎』『濁流』『天変』すべて揃いました。『漆黒』」
『漆黒』と呼ばれた魔人を他の六体であっても見ることが出来ない。
いや、見ようとしてもそこには漆黒しかないからだ。
だがそこから感じる莫大な魔力――人であれば発狂するだろう――による圧は、彼らの皮膚を震わせる。
「『蠱毒』、『天変』の二人には、我々が動けぬ中で穢れた地での諜報活動ご苦労である。
さて、六十数年ぶりの帰郷なのだ。土産話でも聞かせてもらえるかな?」
「はい、かしこまりました……」
――――
「……ほぅ、『蠱毒』が気に入った人間種……ですか」
「はい、エルスティア・バルクス・シュタリアと言う人間種です。『漆黒』」
「ふむ、初めて聞く名ですね」
『漆黒』が何かを考えている雰囲気が伝わってくる(実際には漆黒ゆえにどうなのかは定かではないが)。
『漆黒』が知らないのも無理はない。
長くても百数十年しか生きることが出来ない人間種の名など覚えておく必要性が無いのだ。
彼ら魔人にとっては百年など一日くらいの感覚でしかない。
「だがよ『蠱毒』。話を聞く限りだと奴らが言う将級レベルの魔物を一人で倒したってだけだろ?
そこまで気にするほどの存在か?」
『雷腕』の疑問ももっともである。
将級魔物など、彼らにとっては道を行く蟻に等しい。
ついうっかり殺したところで何の感慨も浮かぶことは無い。
その程度を一人で倒したからといって何だというのか?
「えぇ、たしかに今はその程度です。ですが彼にはそれ以上の何かを感じるんですよね」
「なんとも人間臭い感覚じゃねぇか。え、『蠱毒』」
そう言われて『蠱毒』は苦笑いする。
確かに、人間種の中に長くいた事でどうやら毒されているらしい。
その時、いままで黙っていた『濁流』――この中では唯一の女性型魔人だ――が口を開く。
「……けど、それは
確かに彼らの目的は『人間種の根絶』だ。
けれどだからといってそれに妄執しているわけではない。
その成就が例えば数千年先でも構わないのだ。
彼らの時間感覚的に百年だろうと千年だろうと大して変わることはない。
今回の場合、ほんの少しだけ気が向いた結果として百年後に滅亡できるシナリオのもと動いているだけだ。
とはいえ幾つかの仕掛けを失敗しているが、それはそれで娯楽としての楽しみではあるのだ。
今回のシナリオが失敗に終わったとしても次は数千年のスパンで考えればいいのだから。
その過程で興味引かれるイレギュラーが現れた。
であればそれを使って楽しもうというのだ。
「……ふむ、確かに楽しそうではあるな」
『濁流』の言葉に『雷腕』も頷く。
彼自身が『濁流』に気があるから彼女の意見にただ乗っているというだけではあるけれど。
「よし『蠱毒』よ。これからもこの人間種についての報告を期待するぞ」
「了解しました『漆黒』
これからも我々の楽しみのため、大いに踊ってもらいましょう」
『漆黒』の言葉に『蠱毒』は頭を下げる。
……こうして、本人の居ぬ場所で知らぬ間に神そして魔人の両方からエルは興味の対象として見られることになるのであった。
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