第169話 ■「新たな家族2」
結婚式の時とは打って変わり、パーティーは和やかな雰囲気で進む。
僕と妻になったクリスは、参加してくれた皆の元へ挨拶に向かう。
挨拶に向かった先でまず言われるのはクリスの容姿を褒める言葉。
そしてその後、降嫁・王位継承権を失った事に驚きの表情をするのだ。
彼等からすれば、王位継承権を失った元王女というものは腫れ物に近いのかもしれない。
その後に僕たちにどう声をかけたものかと悩む姿も、僕たちにとっては次はどう反応するかを楽しむ催しになっていた。
その中において……
「お久しぶりでございます。エルスティア様。
伯爵号相続以来でございますかな?」
僕に一人の男性が語り掛けてくる。
「ローグン従伯父上。この度は遠路はるばる我々の結婚式に参加いただきありがとうございます。
どうぞ堅苦しい挨拶は抜きにして、昔のようにエルスとお呼びください」
僕はその男性に頭を下げる。
ローグン・ユピテル・リートンハルト男爵。
母さんの十五歳年上の従兄でバルクス伯時代からの四男爵の一つであるユピテル男爵である。
バルクス領の南東に位置するユピテルという中都市の領主であり、若かりし頃はルッツ団長と
実はバルクス家の血筋は元々は母さんが直系である。
母さんの兄弟は病気や魔物との戦いで死亡しており後継の男子もいなかった。
そのため、まだ十四にも満たない母さんが継承権第一位となる。
それに対して女性蔑視が強いこの王国内にて母さんが後を継ぐことに難色を示す者が多かった。
そこで活躍したのがローグン従伯父上であった。
自分自身もバルクス家の継承権を持つにも拘らず、あくまでも正当性を主張し、自分の部下で血筋上はバルクス家の分家の分家にあたる父さんと母さんの仲を取り持ったのである。
その話だけで一冊の冒険活劇が出来上がるらしいが、皆がみな苦笑いとともに詳細を語ってくれなかった。
母さんが関わっているんだから、まぁとんでもない事が起きたのだろう……被害者は主に父さんとして……
父さんと結婚するのに合わせて継承権を父親に正統継承することで他を黙らせ今日に至ったわけである。
そういった事情もありどうしても他の三男爵(イカレス、アウトリア、そして北東のピンラン領の領主になる)に比べるとシュタリア家としても思い入れが強くなる。
「エルス、それにしても済まなかったね。
辺境候に封じられた際の式典に参加することが出来ず、息子を代理人としてしまって」
「いいえ、急な式典でしたし従伯父上の事情もよく理解しておりますので」
かつての戦傷が元で引退した従伯父上にとっては男爵領からエルスリードまでの道中でもそれなりに負荷がかかってしまう。
そういった意味でも発表から一か月ほどでの式典に従伯父上が来られなかったのは仕方がないことだ。
子供の頃に数度会っただけであったが、エルスと呼んでとても可愛がってもらっていた。
「しかしあのエルスが結婚、しかもクラリス王女ととは……
この世界は何が起こるかわからない。だからこそ面白いというものだな」
そう従伯父上は優しく微笑む。
「こうして従伯父上に僕の成長した姿を見せることができたのは望外の喜びですね」
そう返す僕の頭を、従伯父上は昔のように優しく撫でる。
「初めまして。ローグン・ユピテル・リートンハルト男爵閣下。
クラリス・バルクス・シュタリアと申します」
傍に控えて僕と従伯父上のやり取りを聞いていたクリスが、会話の腰を折らない絶妙なタイミングで挨拶する。
「クラリス王……いや、クラリス殿。この度はエルスティアとのご結婚おめでとうございます。
従伯父として、これほどの方をバルクス家の一員として迎えられた事。
バルクス家の末席の身としても喜ばしい限りです」
そう従伯父上はクリスに見本のような奇麗な会釈を返す。
「私もこうしてバルクス家の皆様に優しく受け入れていただき幸せの限りでございます」
クリスも従伯父上に会釈を持って返す。
それを満足そうな表情で従伯父上は見つめる。
「さてさて、こうしてお互いにバルクス家の
堅苦しい挨拶はここまでとしましょう」
「はい、そうですね。私としても元王女とはいえ堅苦しいのはどうにも苦手で……」
そう返すクリスの言葉に従伯父上は小さく笑う。
「クラリス殿は……」
「ローグン卿、どうぞクリスとお呼びください」
「……そうですな。それでは私の事もエルスと同様、従伯父上とお呼びいただければ嬉しいですな」
「かしこまりました。ローグン従伯父上」
そう返す、クリスに一度頷く。
「クリス殿は幼少期にバルクスに滞在されていたとお聞きしましたが?」
「はい、エリザベート義母様とレインフォード義父様のご厚意で五歳の頃から三年ほど」
「ほほう……」
従伯父上は優しく頷く。けれどその瞳はかつての『バルクスの白き壁』と呼ばれていた頃の強い意志を見せる。
「ひとつお聞きしてもよろしいですかな?」
「はい、何でしょうか?」
「クリス殿の母親殿はどのような方だったのですかな?」
「母上ですか?」
「えぇ」
「正直な事を申し上げれば、記憶にあまり残っていないのです。
私が生まれて二年ほどで病気で亡くなった……そう聞いております」
「そうでしたか……これは失礼な事をお聞きした」
「いいえ、大丈夫です。今では第二の母親が出来ましたから」
そう返すクリスの言葉に従伯父上は破顔する。
「ハハハ、我が破天荒な従妹殿にそれほどの好感を持っていただければ従兄としても安心ですな」
一頻り笑うと従伯父上は真剣な表情に戻す。
「それではもう一つ。母上殿の旧姓を教えていただけますかな?」
「母上の旧姓……ですか? フランボワーズ・エルトリアですが……」
クリスの言葉に従伯父上は笑う。
「エルトリア。破天荒な従妹とはいえ末姫を支援するとは酔狂が過ぎると思っていたが……
……フフ、なるほどそういう事か……」
「従伯父上? エルトリアという名前に何かあるのですか?」
「ふむ、エルスは何も聞いていないのか?」
「はい、いずれ話す……とだけ」
「なるほどの、であれば私からも話さないほうがいいだろうね。そのいずれを待つがよいだろう。」
「ものすごい気になりますね」
「なに……遠い過去からの
さてと、今日は楽しいことが多く疲れたな。そろそろお暇するとするかな」
「そう……ですか。久しぶりに会えたのでもう少しお話したいところですが……」
「なに、来年か再来年には息子に家督を譲るつもりだ。
その後はエルスリードに移り住もうかと考えていてな。
そうすれば頻繁に会うことも出来よう」
「そうなのですね。それではその時を楽しみにしております」
僕の言葉に従伯父上は嬉しそうに微笑む。
「ふむ、それでは二人とも末永き幸せを」
「ありがとうございます。従伯父上」
「ありがとうございます。ローグン従伯父上」
従伯父上からの祝福の言葉に僕たちはそう返すのであった。
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