第145話 ●「ルーティント解放戦争5」
中途半端なところに設置された馬防柵の間を抜け、駈足に移行し始めたルーティント伯黒騎兵隊の前方で大量の破裂音が響き渡る。
それを訝しそうに見た先頭を行く騎兵は、理由も知ることなくその生涯を閉じた。
ある者は黒銀製の自慢の強度を誇る胸鎧に開いた穴からあふれ出る赤い液体に目を見開きながら絶命した。
ある者は衝撃と共に自身の左腕が弾け飛び、その痛みに堪えきれず落馬。後続の馬に踏み殺された。
その悲劇は人だけではなく馬にも襲い掛かる。
鉄竜騎士団は出来るだけ馬への射撃を避けたが、全てで上手くいったわけではなかった。
何頭かの騎馬は突如、体に走った痛みに崩れ落ち後続の騎兵に騎乗者と共に踏み殺された。
多くの馬は未だかつて聞いたことの無い破裂音に騎乗者の指示が受け付けられないほどの興奮状態となった。
その様は、地獄絵図。
敵との距離の遠さゆえに完全に気を抜いていた黒騎兵隊は、その一回の未知の攻撃に……狂乱状態となる。
もしルプルギアが冷静な判断が出来ていれば、即座に襲歩に移行し、敵の前面を避けるように部隊を分け突撃をかけていただろう。
だが彼自身も視認出来ない何かに次々と騎兵隊が崩れていく様に混乱状態になっていた。
とはいえ、もし彼が鋼が如き心臓を持っていたとしてもこの状況打破は困難だっただろう。
そもそもが敵まで九百m。
黒騎兵隊は防御力を高めるため騎馬に対しても重装化しており全力の突撃であっても毎分三百m走破が限界であった。
つまりは接敵まで三分を必要とする。
鉄竜騎士団は、訓練の殆どの時間を射撃の精度と次弾装填に費やした。
また、技術班のベル達も装填スピード改善を施したことで、前装式でありながら分間五発を可能としていた。
分間五発で三分間ということは一丁当たり十五発。
三百丁あるので、黒騎兵隊は接敵までに実に四千五百発以上の銃弾に
もちろん、これはあくまでも論理値。
特に攻撃を受ける黒騎兵隊にとっての有利な論理値となる。
銃弾によって倒れた人馬により後続が全力の突撃を敢行する事はほぼ不可能。
さらに聞き慣れない銃撃音によりそもそもの騎馬のコントロールが出来ず、指令の声も掻き消えた。
そして……三十分後……
戦場には騎乗者を失いたたずむ数百頭の騎馬のみがただ残っていた。
緑の草は赤き血に染められ、千にも上る死体が転がる異様な風景となっていた。
大勝を信じ攻撃を仕掛けたルプルギアも他の死体と同じく大地にその体を横たえていた。
彼自身は早々に逃亡を図ったが運悪く後頭部を銃弾が貫き……即死であった。
前衛にいた部隊の多くは後続に妨げられて逃げることも出来ず、この戦場から逃げることが出来たのは後方にいた僅か百騎ほど。
ルーティント伯が誇る黒騎兵隊は、戦争開始から僅か一時間の間にその名を消すこととなった。
――――
ラズリア・ルーティント・エスト伯爵は、黒騎兵隊が壊滅するなど想像もしていなかった。
ルプルギアから敵軍壊滅の報が来ることを疑っておらず、昼食後のお茶会を楽しんでいた。
と、カモイの戦いをまとめた書籍には記載されている。
この出来事からもラズリアに領主としての資質が欠けていたという痛烈な批判が後世の書物の多くに記載されている。
だが、十四時十五分。
黒騎兵隊壊滅から数分程後にその知らせがラズリアにもたらされた。
「…………貴様、今なんと言った? 笑えぬジョークが聞こえたのだが?」
「…………黒騎兵隊……壊滅でございます。
ルプルギア騎士団長、戦死。
黒騎兵隊も残存兵力は私を含み百騎ほどのみ……です」
「黙れぇ貴様!」
その言葉にラズリアは立ち上がると撤退してきた黒騎兵隊の生き残りにティーカップを投げつける。
それは味方の返り血で赤いしみが出来た黒い鎧に当たり割れる。
その後、腰の剣に手が行く様を見たボルドーがあわてて間に入る。
「伯爵閣下、落ち着いてください。
まずは詳細を聞かねばどうにもなりません」
「ふざけるなっ、この男は、いや他の生き残りどもも何の成果もなくおめおめと戻ってきたのだぞ。
万死に値するわっ!!」
「お怒りはわかりますが、まず理由が分からねば対策も立てようがございません。
ここは私にお任せください」
「……よかろう、だが、話によっては命は無いと思え」
そういうと、ラズリアは椅子に座りなおす。
「まず、そなたの名は?」
「第二黒騎兵隊騎士ヘクセン・バルクであります。ボルドー団長閣下」
別騎士団でも主要騎士の名を覚えているボルドーにもその名前の記憶が無い。
おそらく騎士見習いもしくは新しく騎士になったばかりなのだろう。
「……それで、何が起こった?
前方にいたのは三百ほどの少数部隊だったはずだ。
第二もしくは第三騎士団が動いたのか?」
ボルドーは問いかけるが、自身でもそんなことが理由で無いことは理解している。
敵の第二もしくは第三騎士団が動いたとして、バルクス伯の軍構成は歩兵を主体としている。
戦闘から一時間もかかっていない状況で歩兵対騎兵でこちらが壊滅状態になる事はありえるはずも無かった。
「いえ、われら黒騎兵隊が相対したのは前方の三百のみです」
ヘクセンから戻ってきた回答は、予想通りだがもっとも聞きたく無い回答であった。
三百の歩兵に二千の騎兵が壊滅状態にされる。
その状況がボルドーには想像すら出来ない。
「では何が起こったのだ?三百の歩兵ごときに何故壊滅した?」
「……か……い」
「うん?」
「わから……ないのです。
敵が設置した馬防柵を越え駈足移行の指令が出た後、敵の方から大きな破裂音が聞こえました。
今まで聴いたことも無い音……それで騎馬が混乱状態に……
……その後すぐに前方を進む仲間が次々と倒れて……
見えない……まるで目に見ることが出来ない矢か魔法を受けたとしか……」
「馬鹿な……目に見えぬ攻撃魔法なぞ聞いたことも無いぞ」
そう、目に見えない魔法というのはボルドーが知る限り数えるほどしかない。
それも治癒魔法やオートディフェンダーといった攻撃以外の魔法のみ。
もし不可視の攻撃魔法が開発されたのであれば脅威となる。
しかし魔法開発とは国をあげての一大プロジェクトだ。
しかも必ず開発されるわけではない。
巨額な資金をかけても多くの場合、失敗に終わるほどのハイリスクを伴う。
ルーティント伯も含めてだが、伯爵レベルで魔法開発に手を出すことは実質不可能といってもいいだろう。
にも関わらず、バルクス伯は視認出来ない何らかの攻撃をしてきた……
であれば出来ることは……
「伯爵閣下、ここは一度モレス要塞まで退却し敵の攻撃手段について情報を収集するべきと愚考します」
そう、未知の攻撃手段を持つ敵に無策で攻撃をするのはあまりにも無謀。
この場での戦闘終結をバルクス側に宣言して遺体を収容すれば何か分かることもあるだろう。
モレス要塞まで戻りバルクス伯の攻撃手段調査を行わなければ無駄な被害を出すことになる。
だが――
「貴様、何を馬鹿なことを言っている。
こちらは四倍の兵がいるのだぞ。それなのに撤退するなぞ他の貴族の笑い種だ!
しかも番犬に背を向けるなぞできるはずも無かろう!」
そう聞くはずも無い。ボルドー自身もそれは理解していた。
それでも彼は進言する責任があった。
「ですが、未知の攻撃に無策では被害が大きくなります。
伯爵閣下のお気持ちもわかりますが、ここは我慢の程を……」
その言葉にラズリアは……笑う。
「被害? なにが被害なのか?
こちらにはまだ二万の壁があるではないか」
「なっ!」
ボルドーは愕然とする。
そんな彼を見ることも無く、ラズリアはヘクセンに尋ねる。
「おい、貴様、敵の攻撃は直ぐに続いたのか?」
「い、いえ、おそらく十秒ほど間隔があったかと……」
「なら簡単だ、二万を突撃させろ。鎧もいらん。
全速力で走れば、たかだか三百からの攻撃だ。半分以上はたどり着けるだろ?」
「……そ、それは、民兵に特攻しろ……と……」
ボルドーは搾り出すように訪ねる。
それに逆にラズリアは不思議そうに口を開く。
「それ以外にどう聞こえる?」
――と
その後、五分に渡りボルドー第一騎士団長によりラズリアへの必死の説得が続いたと文献には残る。
だが、その説得は最後までラズリアには届くことは無かったとも残る。
民兵二万によるバルクス軍への突撃作戦は、第一騎士団レイカー
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