第143話 ■「ルーティント解放戦争3」

「まず一つ、今回の自分達の戦争がエルによって『解放戦争』という意義になってしまったこと。

 そしてもう一つは領民に対しての考え方です」

「ふむ、というと?」


 リスティの言葉にフルード騎士団長が問う。


「ラズリアの筋書きではバルクス伯を制圧後、数多の罪状を作り出し、自分達の正当性を宣言するつもりだったのでしょうね。

 『勝てば官軍』ですから」


 あー、たしかにラズリアであればやりかねない。


「ですが、バルクス伯は今回の戦争を『解放戦争』。ルーティント伯で苦しむ領民を救うための戦争であると意義付けした。

 しかも領民や周辺貴族にも知れ渡ってしまった。これで瞬く間にラズリアの方が悪者になったわけです。

 今頃、エルに対して怒髪天を衝いているでしょうね」


「……もしかしてアリスとリスティの提案でルーティント伯や周辺貴族に対して怪文書を大量にばら撒いたのって……」


 その僕の疑問に対して、リスティは笑う。


「はい、このための布石です」


 ……怖ぇー、二人とも怖ぇー。うん、絶対に彼女達を怒らせないようにしよう。


「これでラズリアにとっては普通の勝利では意味を無くしてしまいました。

 この後にどれだけ罪状を作り出したとしても『解放戦争』という言葉の前では霞んでしまいますから」

「人間ってのは『解放』って言葉に潜在的に憧れる。

 実際に抑圧されているルーティント伯の領民にとっては神の啓示がごとき言葉だろうな」


 リスティの説明に、ルッツも同意する。

 この世界では、大小はあるけれど支配層により被支配層は抑圧されている。


 そして抑圧されているものは憧れる。自由に……。

 たとえそれが絵空事だとしても……


「ですから緒戦でラズリアは大勝しなければならなくなりました。

 圧倒的勝利によってバルクス伯が掲げた『解放戦争』が絵空事であることを、実現するだけの力が無いことを宣伝するために。

 それには大兵力による蹂躙戦を行う必要があると」


「なるほど相手の考えの一端はわかりました。ですがそれは手順の差でしょう?

 まず騎兵による突撃後、騎士兵でさらに陣形を崩し、民兵による蹂躙でも問題ないはずです」


 それまで静かに聞いていたミュラー第二騎士副団長が口を開く。

 確かにミュラーが言うようにそちらのほうが確実と言えるだろう。


「はい、そこで問題になるのが『領民に対する考え方』になるのです。

 ミュラー副団長にとって領民とは何ですか?」

「我々騎士団が守るべき存在でしょう? それ以外に何かありますか?」


 ミュラーは間髪入れずに返してくる。その答えには一点の曇りも無い。

 日夜、領民の生活を守るために魔物討伐を繰り広げる彼にとってはそれは当たり前の事。

 もちろん出世欲・名誉欲、ただ単純に自分の力を誇示したいという気持ちが無いといえば嘘になるだろう。


 それでも領民を守るという信念の部分の柱は揺らぐことは無い。

 それが揺れた時……その騎士の命は長くは無いだろう。それほどの危険と隣りあわせなのだから。


「素晴らしい信念ですミュラー副団長。

 ですが……ラズリアにとってはまったく異なるものです」

「それは? どういった意味ですか?」


 そう、僕にも分かっている。ラズリアにとっての領民とは……


「ラズリアにとっては領民とは守るためのものではありません。

 自分のために生きているだけの……虫と等しき価値しかないのです。

 いえ、さすがに虫よりは価値が有るかもしれませんね。

 自分が裕福な暮らしをするために働く限りは」

「なんと……そのような……」


 ミュラーは絶句する。


 悲しいことではあるけれど何もこの思想を持つのはラズリアだけではない。

 むしろ、貴族の大部分は同じような思想を持っている。


 ミュラーが今まで接してきた貴族と言えば僕の父親くらいだから理解できないだろう。

 それほどまでにバルクス伯は良い意味で他からは隔絶されている。


 僕だって日々、大量の資料に目を通すうちに領民が数値上の存在にしか見えない錯覚に陥ることがある。


 為政者にとっては、領民をただの数値として処理したほうが楽なのだ。

 もし十人を犠牲にすれば百人が救えるという決断に迫られた時、数の論理で簡単に選ぶことが出来るようになるのだから。


 だからこそ僕は自分への戒めのため、月に二度は視察に出かけることにしている。

 領民達はそこで笑い、泣き、怒り、生きているのだと認識するために。


「騎士を一人失うのと民兵を百人失うのであれば民兵のほうがラズリアにとっては安いのです。

 彼の中には騎士を育てるための経費のほうが民兵百人の命の値段より高いのですから」


 騎士というのは結局のところ常備軍だ。

 常備軍のメリットは緊急時の即時対応の早さと高い錬度の兵を揃えることが出来ることである。

 けれどその高い錬度を維持するというのは少なくない期間とそれによる経費がかかる。


 今回、鉄竜騎士団三百名を新設したわけだけれど、一応合格というラインの錬度にするのに半年以上かかっている。

 それ以降も訓練を続けているというのが現状だ。


「なるほどの……リスティ嬢が言いたいことはよく分かった。

 そしてラズリアという男の為人ひととなりもな……

 さて、それを含んだ上での作戦を教えてくれるか?」


 ルッツは、白髪も混ざってきた自身の髪を掻きながらリスティに尋ねてくる。

 それにリスティは頷き、地図上で動かしていた駒を元の位置に戻す。


「まずは、敵騎兵隊による突撃についてですが、既にカモイ大平原に馬防柵の建築を行っています。

 まぁ気休め程度にしかならないので重要地点のみの建築となりますが」


 カモイ大平原は、名前の通り広大な平原が広がっている。

 全体をカバーするだけの馬防柵を作るのは材料や工期の面からも現実的ではない。

 であれば、効果的に配置することで進軍のルートを絞ることに注力したほうが建設的だ。


「そしてこれに当たるのは……鉄竜騎士団にお願いします」

「おう! 任せろ!」「うん! わかった!」


 初陣となるアインツとユスティが元気に応える。


「……ほぅ、エルスティア様の秘蔵っ子か……」


 とルッツはニヤリと笑う。


「ですが鉄竜騎士団は一個中隊規模。対する黒騎兵隊は一個大隊強です。

 エルスティア様の期待の部隊であることは重々理解していますが兵力差がありすぎるのでは?」


 アスタート第三騎士副団長が疑問を呈する。

 僕に気を使っているのだろうから婉曲的な物言いだけれど、本心では兵力差を考えれば無謀だと言いたいのだろう。


 それにリスティは頷く。


「アスタート副団長の言いたいことも分かります。

 敵は六倍以上、しかも騎兵に有利となる平原での戦闘。

 本来であれば鎧袖一触となるでしょうね」


 けれどリスティは笑う。


「ですが彼らは思い知るでしょう。

 平原が有利となるのは何も騎兵だけではないと言う現実を……その身をもって」


 その雰囲気にアスタートは反論の機会を失う。


「恐らくこの時点で敵の目論見は崩れているでしょうがラズリアの事です。民兵による突撃を断行すると思います」

「まぁ、自分達の敗北は認めないだろうね」

「ま、そうだろうな」


 僕の呟きにアインツも同意する。


「そこからは第二・第三騎士団の出番となるのですが……四人にお願いがあります」

「なんだ? リスティ嬢?」


「武装の差を考えると普通にやれば圧勝すると思います」

「ま、新武装を考えれば三倍程度の民兵であればそうだろうな」

「御大、あまり大言を吐きますと痛い目にあいますよ」


 ルッツの言葉に対してフルードがたしなめる。

 だが、裏腹に二人から溢れ出るのは自信。


 それほどまでに新装備は他を圧倒できる力を持っているのだから。

 それに対して、リスティは頭を下げながら語りかける。


「ですが、出来れば民兵に対して死者が出ないように手加減していただきたいのです」

「……そりゃどういう意味があるんだい? リスティ嬢

 戦場においては騎士は正々堂々。全力を持って当たるべしってのを知った上での言葉だよな?」


 そのルッツの言葉から溢れてくるのは騎士としての誇りを犯されることに対しての威圧感。

 普段のルッツからは想像できないほどの圧力だ。


 けれどリスティは屈しない。


「はい、それを知った上でのお願いです。

 今回の戦争は『解放戦争』です。

 つまり我々はルーティント伯の領民解放をうたっているのです。

 それなのに民兵、つまりは領民を戦死させるとその言葉に偽りありとなります。

 ですからタイミングを見て黄緑旗おうりょくきを掲げていただきたいのです」


 黄緑旗――それは『無抵抗なる者には慈悲を』という投降を促す旗。


 その言葉にルッツからの威圧感が瞬く間に霧散する。

 そう、それはまるで夢だったかのように。


「なるほどな。リスティ嬢にそこまで言われたら従わざるを得んな。

 俺たちのプライドとバルクス伯の掲げる戦争の意義。

 どっちが重要かは子供でもわからぁ」


 そう言うと大きな手でリスティの頭を撫でる。

 それをくすぐったそうにしながらリスティは感謝を述べる。


「御大。ありがとうございます。

 ただ……ここで終わればいいのですが……」

「あー、なんとなく分かるぞ。

 ラズリアという奴の為人を考えれば、残った騎士兵と魔法兵を投入してくる可能性があるか」


「はい、恐らく。

 その場合は、逆に完膚なきまでに叩いてください」

「……なるほど継戦能力をつぶすって事だな」


「はい、今回の戦争を『解放戦争』と意義付けした以上、敵の進軍を防いだだけでは終わりには出来ません。

 最終的な目標はルーティント全領をルーティント伯から解放することが必要となります。

 そう考えた場合、出来るだけ敵の戦力を削っておきたい。

 今回の戦いは効果的に敵戦力を削ぐ事が目的ですから」

「おう、了解した」


 ルッツ他三名も力強く答える。


「よし、それじゃカモイ大平原に向けて明日出立する。準備をよろしく

 また、戦場においては軍令部の命令を元にするように」


 僕の言葉にその場にいた八人は頷く。


 後に『カモイの戦い』と名づけられる戦いは六日後に迫っていた。

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