第127話 ■「視察」
八月になった。
農業・商業・軍事それぞれで、やる事が多くドタバタの三ヶ月ではあったが、それぞれで方向性も見えやっと少し落ち着いてきた。
執務官を五人雇ったことで一人当たりの作業量が減ったため、余裕がある程度できてきた。
ということで僕は、あるところの視察に来ていた。
それは……
「はー、思ってたより大きいなぁ」
僕は目の前にそびえるレンガの建物――鉄工所を見上げながら呟く。
まずはできるだけ早くに鉄の精錬が行えることを目標としたため小規模と聞いていたけれど実際に見てみるとかなりでかい。
そしてこの鉄工所が世界で唯一『鉄鋼』を作ることが出来る場所といってもいい。
鉄の重要性が高くないこともそうであるが、基本的に存在する鉄は不純物も多い。
鉄鋼、もっと細かく言えば
その中でベルに設計図をおこしてもらい、それを元に建設されたのがこの鉄工所となる。
完成してから数週間がすでに経つため、生産はすでに開始されていて隣接された倉庫には既に鉄鋼の山が出来つつある。
「エルスティア坊、よくきたな!」
そんな僕に声をかけながら歩み寄る人物――その身長は驚くほど低い。
「お久しぶりです。リザイア技長。調子はどうですか?」
その人物――リザイア技長に僕は声をかける。
リザイア技長、その名前は偽名で本名は誰も知らないらしい。
グエン領からの
成人しても身長は百三十程度。その代わり腕力については人よりも優れている。
工芸や加工を非常に得意としていると言う事で判りやすくいえば、ファンタジーとかに出てくるドワーフに近い。
リザイア技長については母さんの紹介で鉄鋼作成の責任者をしてもらっている。
ボルイド族は、そもそも魔力が少ないから鉄に対しての忌避感が低い。
職人気質で敬語をうまく使えない(使おうとすると言葉遣いがおかしくなる)から僕に対してもざっくばらんに話しかけてくる。
僕としては皆が敬語で話しかけてくる分、新鮮でうれしかったりする。
「おう、すこぶる順調だぜ。しかも『鋼』っていったか? 鉄よりも硬いくせにしなりもある。良い素材だな」
「リザイア技長がそこまで褒めるのであれば問題なさそうですね。一日にどれくらい生産できそうです?」
「そうだな。まだ手順に慣れていない部分があるから十トンくらいだな。足りないか?」
「いえいえ、当面は使用するところが限定されているので十分ですね」
「そうか? ただ慣れたとしても規模的には五十トンが限界だと思うぜ?」
「もし必要になれば拡張も考えてますから問題ないですね。とりあえずは鉄鋼を作ることが出来る技術者の養成も兼ねてで大丈夫です」
「おぅ、技術者の養成については任せておけバンバン鍛えてやるからな!」
「ははは、お手柔らかに。それじゃここは問題なさそうなんで別のところに行きますね」
「まぁ、また何かあったらたずねて来い! 茶ぐらいは出してやるからな!」
豪快に笑うリザイア技長に別れを告げて僕は次の視察場所へと向かう。
――――
「メイリア、ベル。調子はどうかな?」
「エル様、こんな場所までようこそいらっしゃいました」
視察に来た僕をメイリアとベルは歓迎する。
ここは、二人の技術研究のために用意した部屋。もともとは殺風景な部屋だったけれど三ヶ月も経つとかなりの物――多くは本だ――が増えている。
二人とも整頓好きだから散らばってはいないけれどね。
作業中は二人ともこの部屋にこもることが多い。
技術の最先端の研究をしている場所といってもいいだろう。
椅子に腰掛けた僕にベルはお茶を入れてくれる。
「邪魔したかな?」
「いいえ、そろそろ休憩しようと思っていたので。ちょうど良かったです」
そうベルは言いながらメイリアと自分のお茶も準備する。
三人でとりあえずはお茶をのんびりと飲み始める。うん、うまい。
「それで、銃のほうの調子はどうかな?」
「はい、リザイア技長が良質な鉄鋼を作ってくれたおかげで順調です。
今はとりあえず三丁分の部品加工が完了したので組み立てていく段階ですね。
微調整など諸々を考えますと三日後には出来上がるかと」
「おぉ、もうそこまできているの? 凄いじゃないか二人とも」
それにベルとメイリアはうれしそうに微笑む。
「ただ、やはり二人で作っているので大量生産に向けた分業化など、まだまだ問題点は山積みですけどね。
そのあたりはアリスと含めて話し合おうかと」
「……うん? アリス?」
「あっ、アリストンちゃんの事です」
「あぁ、そっかアリストンだからアリスか」
初対面で男の子だと思っていたからか、いまだにアリストンの事をアリストンって呼んでいたから一瞬わからなかった。
でもそうか、僕もアリスって呼んだほうがいいんだろうか? 今度聞いてみよう。
「生体認証の魔方陣もうまくいきそう?」
「はい、実験してみましたがミスティアの花油のおかげで問題なく動きそうです」
うん、鉄鋼に阻害されること無く魔方陣が起動するのであれば鹵獲や技術流出に関しては問題なくいきそうだ。
「それじゃ出来たら皆を集めて性能確認だね。
特にバインズ先生とリスティにとってはこの性能いかんで戦術の練り直しが必要だろうから」
「はい、出来ましたら連絡しますね。エル様」
「うん、よろしく」
そして、二人と別れる。
――――
最後に向かうのはバルクス伯の練兵場。
ガイエスブルクにあった練兵場からはさすがに見劣りするけれど、一個騎士団程度であれば訓練が可能な広さはある。
そこにいるのは三百人ほどの若者。そしてひたすらに走り続けている。
彼らはアインツとユスティに率いてもらう予定の機動特化部隊の新兵達だ。
彼らの多くは農民の次男坊以降となる。大体において長男が後を継ぐことになるから次男以降は基本無職だ。
だから長男の手伝いや騎士といった人を必要とする職に就くことが多い。
『働いたら負け』みたいな事はできないからね。『働かない=餓死』の厳しい世界だ。
子供の頃から農作業を手伝っているから体力はある程度あるけれど、騎士にはそれよりもさらに上の体力が求められる。
だからこその基礎訓練中というわけだ。
「おうエル。こんなところまでくるなんて珍しいな」
不意に声をかけられる。
「少し余裕があったので、いろんなところを視察してきたんですよ」
声をかけられた主に僕は答える。
「それで、彼らの鍛錬はどんな感じです? バインズ先生」
声の主――バインズ先生に僕は問いかける。
アインツとユスティは現在、第一騎士団預かりで通常勤務に帯同してもらっているので、新兵訓練についてはバインズ先生にお願いしている。
新兵とはいえ、男性だから訓練官にはそれなりの箔があったほうがいい。
その点、バインズ先生は元中央第三騎士団長。さらには『疾風バインズ』としても有名と肩書きとしては申し分ない。
なので新兵達も文句も言わずにもくもくと訓練しているわけだ。
もちろん戦術論についてはリスティに教授してもらうことになるけれど、彼女は僕と同じくまだ若い。
下に見られる可能性があるから紹介するタイミングを計り中なのだ。
ま、戦術教導をやればある意味一発なんだけどね。
「訓練度からすれば三割ってところだな。目標からしたらまだまだだ。
次は軍馬の騎乗を徹底的に教え込む予定だがな」
「なるほど、実戦配備の予定はいつくらいになりそうです?」
「いっぱしの騎士にするって考えなら何年も……だが、とりあえず騎士のヒヨコレベルであれば来年三月くらいには可能だろうな」
訓練はとにかく時間がかかる。その分、騎士と民兵の錬度には雲泥の差が出るわけではあるけれどね。
「銃器による訓練はいつくらいの予定ですか?」
「練兵スケジュールでは十二月から開始予定だが、間に合いそうか?」
「さっき、ベル達のところで聞いた話では三日後に試作品が完成する予定だそうです。
その状況と分業化との兼ね合いになりますけど三百丁であればギリギリかもしれませんね。
そのあたりに関してはベルとリスティ達で調整してもらいましょう」
「わかった。悪いが頼むぞ。んじゃ俺は、訓練に戻るな」
「はい、それじゃ僕も戻ります。バインズ先生よろしくお願いしますね」
そして僕はバインズ先生と別れる。
うん、予定していた視察地を見てみたけれど順調そうだな。良かった。
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