第126話 ■「商人連3」

「さてと、ベイカーさんとアリストンの筋書き通りに進んだと考えていいのかな?」


 商人連達が退席した後、アインツ達も交えて引き続きの打ち合わせをしていた。


「はい、全ては滞りなく」


 ベイカーさんも今日の内容に満足したような笑顔で僕に答える。

 今日の商人連との打ち合わせで発表したのは『為替手形の発行』『主要三拠点への両替商の設置』『バルクス銀行の起業』だ。


 前二つについては、問題ないだろう。

 貨幣から手形の発行、手形から貨幣化については、伯爵家のみの権利にしたのだ。

 それぞれの手続きで少しずつ手数料をもらう事で伯爵家の資産もいずれ潤うだろう。


 他の商人がやろうにも『魔法の紙』――という名のあぶり出し紙の問題で難しい。

 伯爵家の独占業務となる。独禁法? なにそれおいしいの?


 手数料もベイカーさん達と打ち合わせて交換する貨幣の二%でスタートすることにした。

 両方の手続きを含めて四%だね。


 少し低いんじゃない? とも思ったのだけれど、商人が使う場合、それは大口の取引となるだろう。

 百万であれば手続きだけで四万の収入になるわけだ。


 商人たちにとっても百万の貨幣を輸送するために必要な警備費が四万程度に抑えられるのと等しい。

 実際に警備するとした場合、四万では収まらないだろうからね。


 手形から貨幣にする際、商人たちが常備している証を提示することを義務化すれば、窃盗犯が交換することができない。

 窃盗されても時間はかかるが各拠点の名簿と照らし合わせて問題なければ六割程度保障しますよ。

 にすればさらに信頼はあがるだろう。

 四割の損失になるだろうが、全てを失うよりもまし。手間賃と考えてもらうしかない。


 三つ目は、企業とは言うけれど何か商売をするわけではない。

 当面は両替商を置く三拠点の『物価の安定』を目的として適時、貨幣の生産・調整をしていくことになる。

 言ってみれば、『日本銀行』と同じような役割になる。

 純粋にこの企業は利益を挙げることはなく、両替商の利益で運営することになると思う。


 いずれは金融システムが発展すれば利益を上げることも出来るようになるだろうけどね。

 いわゆる『銀行の銀行』になるだろうから。


「うん、大体のことは理解できたんだ。けれど最後にアリストンが提案した商人連から従業員を借りるという話はどういった意味があったの?」

「あれですか? 再来年までに流通に詳しい人材を伯爵家で集めるのはかなり難しいです。

 その人材を手っ取り早く集めるというのが理由ですよ?」

「…………本当にそれだけ?」


 そんなはずがない、あの時、商人たちを見回していたけれど彼女の父親であるピストは何ともいえないような表情をしていた。

 現にピストからは従業員の貸し出しの提案は無かった。彼女の心理を読んだと見ていい。


 その問いかけに彼女は笑う。


 本当に政の仕事をしているときの彼女は年相応の笑顔になる。

 最近では普段の落ち着いた雰囲気のほうがおそらく芝居をしているのだろうと判ってきている。

 就職後、ベルとメイリアとはすぐに友達になったようで、ベルいわく


「休憩中は本当に可愛らしく笑うんですよ。そちらのほうが彼女の本質ですね。

 恐らく執務官は経験がモノをいいます。その中で経験が浅い自分が侮られないように無理をしているんだと思います」


 だそうだ。

 就職してから約二ヶ月。ベイカーさんや他の執務官達の評価も上々だ。すでに彼女を侮る者もいない。


 ベイカーさんには半分冗談、半分本気の雰囲気で


「すぐにでも執務官長はアリストン君に譲りたいですな」


 といわれたこともある程だ。


 僕としては十中八九ギフト持ちという判断だ。環境さえ整えば執務官長は彼女で考えている。

 それを見越して、彼女には無理しないでもいい事をどこかでちゃんと伝えないとな。


 おっと、それは今後の課題として今は彼女の真意を聞かないとな。


「エルスティア様は、貨幣の生産が実質商人たちの既得権益きとくけんえきとなっていることはご存知ですよね?」

「うん、たしか先月も商人連から貨幣製造の要望書があがってきていたからね」


 それにアリストンは頷く。実際その要望書の対応を彼女にやってもらったからだ。


「ですがそれは商人連に過剰な権力があるのと同じです。

 封建制度において平民が過度な権力を持つことはあまりに危険です」


「だからこそ、銀行を作り商人たちの権益を奪い取ることが今回の目的だったんだよね?

 それなのに商人の息がかかった者を従業員にするのは矛盾しているんじゃない?」


「いえ、最初から完全拒否していますと商人連はあらゆる手を使ってでも子飼いの者を従業員として入れてくるでしょう。

 そうしますと、どの従業員が間者なのか? をその都度調査する必要があります。

 ですが最初に子飼いの者を入れますよ。と宣言すれば無駄な手を使うことなく入れることができます」

「……なるほど、既に猫の首に鈴を着けたわけか。」

「はい、今後は彼らの提案。つまりは商人連からの提案を十分に受け入れた振りをして対応すればいいのです」


「なるほどね。さてとそんな猿芝居ができると考えると銀行の代表は誰がいいんだろ?」

「私としては、ヘッケンバック君を推薦します」


 僕の疑問に、ベイカーさんはある人物を推してくる。

 同じ意見なのかアリストンも頷く。


 僕はヘッケンバックという人物を思い出そうとして……苦労する。

 正直、特徴もないような平凡な人物だった気がする。


 その様を見ていたベイカーさんは苦笑いする。


「まぁ、エルスティア様の記憶に薄いのは仕方が無いでしょうな。

 今までも特に目立つような献策をしておりませんので。

 ですが、彼の本質は全体把握に関しての嗅覚でしょうな」

「きゅう……かく……ですか?」


「物価の安定……つまりは貨幣の安定供給はある意味センスが必要です。

 残念ながら私やアリストン君でも難しいでしょうね。

 ですが、ヘッケンバックであれば恐らく期待以上の成果を挙げてくれるでしょう」


 うーん、正直僕にはわからない部分かもしれない。

 けど、二人が推して来るのであれば恐らく問題ないであろう。


「二人がそういうのであれば問題ないだろうから。それでお願いするよ」

「かしこまりました。エルスティア様。さっそく本日からそれに向けた準備をさせていただきます」


「これで、流通の基礎については、少しは改革ができたかな」

「はい、ですがまだまだこれからです」


 僕の問いかけにアリストンは力強く答える。

 そう、まだ改革は始まったばかりなのだから――

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