第121話 ■「軍備の第一歩」

 執務官応募の面談から二日後の六月五日。

 

 リスティと母親のメルシーさんがエルスリードに到着した。

 住居としては家から徒歩で十分ほどの場所にある二階建ての家。

 

 すでにバインズ先生はそこで一人暮らしをしていたんだけどね。

 そこに僕の家のメイドさんたちも動員して荷入れしていく。

 

 ちなみに僕は参加NGを言い渡された。

 いや伯爵だからって肉体労働できないわけじゃないんだよ?

 たまにこの伯爵って言う肩書はめんどくさい。

 

「エル、皆さんのおかげで荷入れも完了しました。ありがとうございます。

 それで早速なのですがバルクス伯の軍備体制を教えてもらえますか?」


 リスティは荷入れ完了も早々に僕に聞いてくる。

 どうやら長旅で何も出来なかったから何かしたくてしょうがないらしい。


「うん、わかったよ。バインズ先生も一緒に来てもらえますか?」

「ああ、そうだな。リスティも含めて今後の体制を整理したほうがいいだろうしな」


 ――――


「まずは、これが現状のバルクス伯領の軍備体制ですね」


 執務室の机に僕は資料を広げる。

 それをリスティとバインズ先生はじっくりと見ていく。

 まぁバインズ先生についてはこれまでも何回も見ている資料ではあるけれどね。


「エル、バルクス伯領の人口は六十二万人ほどでしたよね?」

「うん、そうだよ」


 六十二万人……けれど『多分六十二万人位いるんじゃないかな?』と言うのが正確だ。

 前にも言ったけれどこの世界は識字率は低い。


 村であれば、読み書きが出来るのは村長だけというのも珍しくない程に。

 そんな中で戸籍を管理するというのは難しい。


 人口も町村から『今年何人生まれ、何人死にました』という報告で集計しているに過ぎない。

 だから報告がなければ、どんどん精度が落ちていく。

 場合によっては税を誤魔化すために過少申告している可能性もあるだろう。


 いずれはちゃんと戸籍を管理したい所だけれど、それにはやっぱり識字率を上げる必要が出てくる。

 何かをやろうとすると何かのせいでダメってのはこの世界ではありふれている。


 日本の場合は、政党が足を引っ張り合って……だったけれどこちらは人と物の両方が足りないのだ。

 なので一つずつ解決していくしかない。

 前世の歴史という教科書がある分、ほんの少しだけ楽ではあるんだけれどね。


「人口に対して騎士団の数が思いのほか多いですね……」


 リスティは騎士団の数を見ながらつぶやく。

 バルクス伯には騎士……つまり常駐軍としては四騎士団存在している。

 エスカリア王国の中央騎士団で十騎士団だからこの数は多いといえる。


 普通の伯領であれば多くても二騎士団程度であろう。


 一騎士団が二個大隊。つまりは三千名で構成される。

 それが四騎士団。一万二千名となる。全人口の二%程度だね。


 この世界は基本的に戦争の際には民兵導入が主流である。

 そこから考えても常駐軍の比率としてはかなり高いと言えるだろう。

 一%未満がほとんどだろうからね。


 ただ、もちろん理由があって……


「南方を魔陵の大森林。西方をグエン領に接しているからね。

 その対応のために中央からの支援があるんだよ」


 この四騎士団はバルクス伯領だけの資金だけで賄っているわけではない。

 王国の方針として必要とされているため援助がある。


 具体的な援助としては中央への上納税の免除だ。

 領土を持つ貴族は、その規模に応じた上納税を中央に対して納める義務がある。

 

 それを数年怠れば、爵位剥奪もあり得るほどの重い罪になる。


 バルクス伯はその上納金を免除するからその分で軍備を整えろ。という事になる。

 現状の上納金の免除分でなんとか四騎士団を揃える事が出来ているわけだ。


「なるほど……ん? という事は新しく騎士団を新設するには……」

「そ、金がない。増やせても三個中隊だね。『精鋭騎士団』として設立する予定だよ」


 精鋭と名前を付けているけれど実際には新兵ばかりになる。

 だけど騎士団の役割を考えると、むしろそちらの方がいいだろう。


 僕の中では武器を重火器をメインとして近代化を実施していく。

 一個中隊、つまり三百名ずつに分け「機動特化」「打撃特化」「防衛特化」にする予定だ。

 内政が充実すれば要員を増やして独立化と夢は膨らむけれどね。


「実際には、一個中隊で機動特化の部隊をつくるのが目標だね。」


 とりあえず部隊長を任せる予定のレッドとブルーが卒業するまでに機動特化の部隊を形にする事が目標だ。


「とは言え当面の間は武器自体が無いから徴兵も先の話だけどね」

「そう言えば製鉄所の建設はどうなんですか?」

「試作用の高炉と転炉が来月にでもできる予定だよ」


 武器については、アインツ達も含めて銃器を標準装備とすることは事前に通達済みだ。

 銃器の部品の多くは鉄鋼が必要になる。

 

 魔法との相性がいい銀の精錬技術はかなりの高さを誇る一方、忌み嫌われる鉄鋼についての精錬技術は壊滅的といってもいい。

 事前に父さん達に『高炉』と『転炉』については製造をお願いしている。

 お願いをしてから二年ほどだから、かなり早めにできたといってもいいだろう。

 試作用だから規模的にはかなり小規模ではあるが、この世界で鋼鉄を作り出すことができるおそらく唯一の場所だろう。


「銃器に必要な部品の金型については、ベルとメイリアが試作中でこちらも来月にはできる予定だね。

 実際に銃が作れるのは早くても再来月と予定しているんだ。

 それ以降も銃弾やらなにやらを作ってたら今年は終わりそうな気もするけれど、焦っても仕方ないからね」


 僕が言ったことをメモにとりながらリスティは全体スケジュールも書いていく。

 

「なるほど、了解しました。

 それでは実際の銃器が配備されるまでの間、アインツ君とユスティには何をしておいてもらう予定なんですか?」

「とりあえず、既存の騎士団に幹部候補生ってことで所属してもらって実務経験と人脈構築をしてもらう予定だよ」


 いずれは新規騎士団を作るとしても、既存騎士団との連携作戦は必ずあるだろう。

 そこを見越して既存騎士団と人脈を作っておいてもらうのだ。

 いわゆる『同じ釜の飯を食う』というわけだ。


「わかりました。新規騎士団についてはいったん保留ということで。

 それで既存騎士団についても私とお父様で体制整理をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うん、構わないけれど。何か問題でもあった?」


「いえ、部隊効率の点で少し気になる部分がありましたので、お父様の意見を聞いて修正できる部分は修正しようかと……」


 僕にはわからないけれど、リスティには気になる部分があるのだろう。

 ま、餅は餅屋。専門に任せるとしよう。


「了解。ただ修正点については僕に連絡してもらえるかな?」

「はい、もちろんです。エルに確認後に対応しますので」


「ありがとう、さ、改革の一歩を始めようか」


 僕の言葉を持って、軍備についても第一歩を踏み出したのである。

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