第101話 ■「依頼3」

「今起こっている事は理解できました。ですが我々を呼び出された理由は何でしょうか?

 方法が分かっているのであれば、ファウント公爵の私設騎士団で対応可能なはずですが?」


 そう、ある程度予想はしてきてはいるけれど実際に僕達を呼び出した理由が分からない。

 毒も治療方法も分かっているのであれば、私設騎士団を動かすだけでいいはずだ。


「今回の件、私設騎士団は出さない。いや、出せんのだ」

「それは……何故なのかをお聞きしても?」


 そこで少し、ファウント公爵は考え込む。

 うーん、理由は教えてもらえないのか?


「……まぁ、よかろう。

 今回の事件、犯人の目星がついていないのだ。」


 それに僕は少し驚く。普通に考えれば後継者争いかベルカリア連邦の刺客の線が強いはずだ。

 僕の考えていることが大体わかったのだろう、ファウント公爵は意地悪そうな顔をする。


「ベルカリア連邦か、口には出せない勢力では? とでも思っているのかね。エルスティア」

「単刀直入にいえば、その通りです」


「……うむ、だがタイミングや状況を考えるとどうにもおかしいのだ。」

「タイミング……ですか」


「ベルカリア連邦だが、今回使われた毒を考えると現実的ではない。

 詳しくは言えぬが、毒の原材料はエスカリア王国の北西部でごく少量しか手に入れることが出来ない。

 国境を越えるなどまず不可能、そもそもベルカリア連邦にはこのような毒がある事すら知られてはいない。

 ベルカリア連邦が刺客としてエスカリア王国の人間を使えばあるかもしれないが、わざわざ敵国の人間を使うというのは……」

「たしかにあり得ませんね」


 毒がエスカリア王国の独自の物だとして、その情報が無い連邦が敵国の人間を使うのは無理がある。

 どの国でも闇ギルドと言われる暗殺集団は大なり小なり持っている。

 自国の闇ギルドの繋がりは考えられるが他国の闇ギルドとコネクションを作る事が果たしてできるのだろうか?

 解毒しにくい毒を使うためだけに、敵国に暗殺計画が漏れる可能性がある手段はとらないだろう。

 でもそうするとエスカリア王国内部犯という事になるような気がする。


「次に……お主の口からは言いづらいのだろうが、他の後継者からの刺客……これも可能性が低い」

「ですが、イグルス王子は今回の戦争の功績次第では一気に後継者争いの有力馬になります。

 ならばその前に……という勢力がいてもおかしくないのでは?」

「うむ、だがイグルス王子が倒れた後、公表では『風土病に疾患しっかんした事による療養』としておる。

 だが、ルーザス派・ベルティリア派ともに特に動揺した雰囲気もない。

 むしろイグルス王子が止まっている内に功績を上げようと躍起やっきになっている感もある」


 ふむ、この辺りは僕自身が人を暗殺しようと思ったことが無いから動きに違和感が無いのか? がよく分からない。

 けれど公爵が言うのであればそうなのであろう。


「ですが、犯人の目星がついていない事と騎士団が動かせない事はどうつながるのですか?」

「公表ではイグルス王子は病気という事になっているのに、とある毒に効果がある解毒草がある場所に私設の騎士団を動かした。

 さて? エルスティア、お主ならどう判断する?」


 なるほど、もし別派閥がその情報を手に入れれば、それはとても優位な切り札となる。

 イグルス王子は実は毒に倒れて、生死も分からぬ身。それで王になれるのか? という。

 (まぁ実際に毒に倒れているのは事実だけど)


「つまり、イグルス王子派が大々的に今回の事で動くことは出来ない。

 であれば後継者問題からほぼ外れている人間が動くのが最適という事ですね?

 バルクス伯は末姫を支持している事は有名ですから」


 その僕の答えにファウント公爵はにやりと笑う。


「我々としても現状のパワーバランスを大きく崩すことなく事を収められる。

 エルスティア達にとっても公爵家に恩を一つ売ることが出来る。

 両者にとっても損はなかろう?」


 僕はここで熟考する。

 

 今回の事は双方にとってもメリットはある。

 僕にとってはファウント公爵に恩を売れるのもあるし、危険は伴うけれど皆にさらに実戦経験を積んでもらえるという事も。

 だけれど、はいそうですか。では甘く見られてしまう。


「公爵は、僕達が別派閥に情報を売るという事は考えなかったのですか?

 これだけの情報は他派閥からしたら垂涎すいぜんものですよ?」

「エ、エル!」


 アインツが慌てて僕を止めようとする。

 大丈夫だよ、アインツ。これは駆け引きだから。

 もちろん、ファウント公爵は気づいている。だから慌てない。


「それでエルスティアはその情報で何を得る? 金か? 地位か?

 まさかな。お主がそのようなものは求めないことなどお見通しだ。

 むしろそのようなものを求めるならが最良だっただろう?」


 「あの時」そう、ファウント公爵に初めて会った時だ。

 あの時は、ファウント公爵の狙いの一つに僕を自陣営に組み込みたいという意図もあったはずだ。

 恐らくそのまま話を続けていれば破格な待遇もあったかもしれない。


 けれど僕はそれを暗に断った。そしてその事についてファウント公爵も引いてくれた。

 そんな僕が目の前に再度現れた人参にんじんに飛びつくなんて考えてもいないのだろう。

 いや、そう考えないからこそ僕に依頼してきたのだ。


「まぁそうですね。ですが今回の話、公爵家に恩を売るとしても値段が釣り合っていないのでは?」

「ほほぅ、根元貴族第二位のファウント公爵の恩でも安いと申すか?」


 そう言いながらもファウント公爵は嬉しそうに問う。まるでこのやり取りを楽しんでいるかのように。


「有体に言えばそうです。解毒草を取りに行く事の危険性と別派閥と対立する事になるかもしれないリスクを考えれば」

「ではファウント公爵家の恩以外に何を望む?」


「そうですね……末姫クラリス王女の身の安全を全力で保証していただきたい」

「何、クラリス王女の身の安全……だと?」


 僕の希望はファウント公爵の中で予想から外れていたようだ。

 南方の黒獅子を出し抜けたらしいことに少し気分が良くなる。


「はい、おおやけにはならないとは言え王族が狙われた。

 これをきっかけに最悪血なまぐさい事が始まる危険があります。

 ですが僕達は弱い……いえ、王女を守るには貴族の立場という力が弱すぎる。

 ですから力ある公爵には王女を全力で守っていただきたい」


 僕は王女にはあったことは無いけれど、父さんと母さんが支持をするという事は何か理由があるはずだ。

 僕自身であれば身を守る事は出来る、こうして仲間がいる。


 けれど宮中という伏魔殿ふくまでんでは王女を守るにはあまりにも無力だ。

 だからこそ根元貴族として名高いファウント公爵の庇護下ひごかに入るという事は非常に大きな意味を持つ。


「……私はイグルス王子を支持している。クラリス王女はただ庇護する事のみ。それでもかまわないか?」

「はい、十分です。」


「……なるほどよかろう。その希望、ファウント公爵の名において最善を尽くそう」

「ありがとうございます。それでは今回の依頼。バルクス伯爵公子の名のもとにお受けいたします」


 こうして僕達はファウント公爵の依頼を受けるのである。

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