第100話 ■「依頼2」

「はぁ~でっけぇな~」


 公爵館を初めてみたアインツは溜め息と共に漏らす。

 それ以外の皆も言葉は発していないが同じ感想だろう。


 二度目の僕ですらこのデカさからくる圧迫感を感じるのだから。

 ロイドが乗る馬車に先導され僕達が乗った馬車は公爵館の前の広大な庭を進む。


 今回は僕を含めて七人なので僕の家で一番大きな馬車を使っているがやはりちょっと狭かったかもしれない。

 男三人と女の子四人で向い合せ。ちょっとした合コンみたいだ(行ったことなかったけどね)


「エル様はファウント公爵に一度お会いした事があるんですよね。どのような方でしたか?」


 窓から見える広大な庭に驚きながらベルが僕に聞いてくる。

 

「うーん、南方の黒獅子って呼ばれているけど。なるほどなと思うような人だったよ。

 僕が思っていた上級貴族って美味しいものを贅沢に食べてぶくぶく太っているってイメージだったけど真逆だったし」


「日本での上級貴族のイメージってそんな感じなんですね」


 僕の感想を聞いたベルは苦笑いしながら言う。


「一番の印象は『切れ者』って感じかな」

「なるほど、ちょっとした嘘でごまかすのは難しいという事ですか?」

「うん、そうだね。僕じゃなく皆から崩しにかかってくるかもしれないから注意してね」


 前回会った時に僕の小細工を恐らくファウント公爵は見抜いている。

 あの時は別に見抜かれても問題なかった。

 けれど、あの経験があるから僕ではなくからめ手で攻めてくる可能性がある。

 

 男爵家の皆にとっては公爵なんて雲の上の存在だ。

 その緊張を上手く利用される可能性がある。

 とりあえず僕が主導で喋るとしても皆への注意喚起は必要だろう。


 そして、僕達の馬車は公爵館の玄関前に到着する。

 数十人のメイド達が頭を下げながら左右に待っている。うん、金持ちの出るアニメとかで見た風景だ。

 現実でやっている風景は正直「うわぁ」って声が出そうになる。

 

 うん、バルクス家では禁止にしておこう。背中がむず痒くなる。


「さぁ皆様、こちらに」


 先導する馬車から先に降りていたロイドに促されて僕達は玄関を入る。

 あの時も思ったけれど玄関フロアも大きい。民家が一個入りそうだ。

 

 そして前と同じ応接間に通される。


「それでは主人を呼んでまいりますので、少々お待ちください」


 ロイドは一礼すると退室していく。

 ロイドの姿が見えなくなると皆の口からため息がもれる。


「いやぁ、小さい頃はこんなでかい家に住みたいっていう夢があったけど、実際には住むところじゃねぇな。

 居心地が悪すぎて寝不足になりそうだ」

 

 部屋にあるいかにも高級そうな調度品を見渡しながらアインツはぼやく。

 まったくもって僕も同じ感想だ。伯爵館ですら無駄にでかいと思うのにこんな家に住んだら迷子になる自信がある。


 女の子たちも居心地が悪そうに体が沈むくらいに柔らかい椅子に座る。

 

「皆様、お待たせしました。」


 そう言いながらロイドが部屋に戻ってくると皆はすぐさま立ち上がる。

 その顔に走るのは緊張……あのアインツでさえ緊張していることが分かる。


 ロイドの後に続いて入ってくるのは、南方の黒獅子、ファウント公爵

 前にあった時と同じくその姿は威風堂々たるものだ。


「急に呼び出してすまなかったな。皆、楽にしてくれ」


 そうファウント公爵に促されるが皆は動かない。いや、緊張で動けないのか。


「みんな、ファウント公爵からも許しが出たから座ろうか」


 僕に促されてやっと皆はぎこちなくも椅子に座る。

 うん、やっぱり僕がメインで喋る必要がありそうだ。


「エルスティア、そなたも健勝のようだな」

「はい、おかげさまで。充実した学園生活を送っております」

「うむそうか。学生の本分は勉強。頑張りたまえ」

「ありがとうございます」


 公爵と僕は他愛無い挨拶から始める。とはいえ既に腹の探り合いは始まっているのだけれど。

 まぁここで延々と探り合いするのもめんどくさい。僕から話題を切り出す。


「それで、本日は内密なご依頼があるとのことですが?」

「うむ、そうだな」


 そこで公爵はチラリと他の皆を見る。それが意図するところは明確。

 

「ご安心ください。彼らは皆、私の配下です。他言の心配は伯爵家の名においてありません」

「なるほど、であれば率直に言うとしよう」


 公爵は、目の前に置かれたお茶を一口飲む。


「さる七月二十一日、イグルス王子が何者かに襲撃を受けた」

「なっ!」


 公爵の言葉に声を上げたのは誰だろうか。いや、皆も同じように驚いている。

 その声は皆の声の代表だった。


「幸い命は取り留めたが、その襲撃犯は武器に実に厄介なものを使っていた」

「厄介なものと言うと……毒ですか?」

「うむ、そうだ。襲われた後すぐに意識を失われたため正確な毒の情報が分かったのは昨日の事だ。」


 イグルス王子は現在ここから遠く離れた連邦領に遠征中だ。

 つまり昨日の情報が既に入っているという事は公爵の周りにも精神感応出来る者がいるのだろう。

 

「それで使用された毒が分かったのであれば治癒は行われたのではないのですか?」


 この世界であれば毒の種類が分かれば、それに対応する治癒魔法が大概存在している。

 貴族社会は毒社会と呼ばれるほど毒による暗殺が多い。そのため治癒方法がほぼ確立している。


「だから言ったであろう。実に厄介なものだと」

「治療方法が無いのですか?」

「いや、ある。だがそれは治癒魔法では無い。

 とある場所にだけ生息する『ルスト草』と呼ばれる解毒草が必要なのだ」

「それだけ危険なのであれば『ルスト草』の在庫は無いのですか?」


 それにファウント公爵は苦笑する。


「そこがこの毒の一番厄介な所だ。採取してから二週間以内に解毒剤の加工が必要になる。

 解毒剤も保存期間は二か月ほどしかない」

「……それは、厳しいですね」


 解毒剤の作り置きが出来ない。

 しかも特定の生息地にしかないのであれば常時供給も難しいだろう。

 解毒剤を維持するためだけに特定の生息地との流通を確保するのは現実的ではないのだから。


 さてと事態は分かった。

 次はファウント公爵の要望を聞き出す必要があるな。

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