第89話 ■「ミスティアの双花1」

 年が明けて十一歳になった。


 ファウント公爵との面談が奏功したようで、あれ以来は僕の周りも大分静かになった。


 このまま、卒業まで何も起こらなければいいんだけどね。

 という事でここ最近は卒業後に向けてベルと内政の方針について検討を進めている状況だ。


 そこで感じたのは、魔法技術の発展により代償となった科学技術の未熟さだ。

 家畜の糞が、肥料になるという事を知らなかったのも一つだね。


 魔法は便利だ、多くの困難を打破できる程に。

 だが、それは諸刃の剣になっている。


 魔法の恩恵にあずかる事が出来ない平民たちにとっては、科学的な見地からのフォローが出来ていないと言える。


 平民たちがメインに使用しているのが魔法陣でそれなりのお値段がするからそもそも恩恵にあずかる事が出来ている平民の方が少ないと言っていい。


 だからまずは、科学的に解決できるところはどんどんやって行く方針だ。


 ただ意識改革には時間が掛かる。なので寸暇を惜しんで父さんと母さん宛に手紙を送っている。

 今頃、最初に送った(農業改革について)の手紙が着いた頃だろうか?


 ……全部却下。とかになってなければいいけど……


 そんなある日の放課後、帰宅すると家の前には数台の馬車が停車していた。

 ……まさか、またどこかの貴族が来たのか?


 その馬車から飛び出してくる二つの影。

 それは僕にとって……最愛の双花ふたばな


「アリシャ! リリィ!」

「「お兄ちゃん!!」」


 最後に会った時と比べて、三十㎝ほどは大きくなっているだろうか?

 ますます可愛く、そして相も変わらず見分けがつかない程にそっくりだ。

 いや、もちろん僕は見分けがつくけどね!


 二人は僕にひしっと抱きついてくる。

 そんな二人を僕も優しく抱きしめる。

 この暖かさ、柔らかさ、久しぶりだぁ。


「でもどうして? アリシャとリリィが入学するのは来年だよね?」


「うん、でもアリィ。早くお兄ちゃんに会いたかったの」

「リリィとアリィでママにお願いしたの。お兄ちゃんに会いたいって。

 そうしたら、『それじゃすぐにでも会いに行きなさい』って」


 やっぱり、母さんか……とは言え、僕が来る時と状況が違っている。


 僕の時にはバルクス伯館は誰もいなかった。

 そういう意味では、入学するギリギリまで待ったといえる。

 でも今であれば、僕もベルもいる。

 であれば、安心して送り出すことが出来るという事かもしれない。


「アリシャ様? リリィ様? えっ、どうして?」


 少し遅れてきていたベルが二人に気付き驚きの声を上げる。


「あ! ベルねぇだ!」

「ベルねぇ! 会いたかった!」


 二人もベルに気付き、僕から離れるとベルに抱きつきに行く。


 ……急に体が寒くなったなぁ……いや、寂しくないよ。ホントダヨ。

 こうやっていつか二人は僕の元を……いやいや、そんな事あるわけ……


 ……無いといいなぁ


「うん、どうやら母さんにお願いして早めに来たみたいだね」


 気を取り直して僕はベルに伝える。


「そうだ! ベルねぇに嬉しいお知らせもあるんだよ」

「えっ、なんですか? アリシャ様?」


 ……ほほう、さすがベル。二人の見分けがばっちりだ。


「「ふふーん、ちょっと待っててね」」


 二人そろって自慢げに言うと馬車の方に駆け戻っていく。


 そして二人に連れられて降りてきたのは……


「え……お母様?」

「ファンナさん!」


「お久しぶりですエル様。ベル」


 ベルの母親で、僕の元御付きメイドであるファンナさんがそこには居た。

 そしてその傍らには、ベルの弟であるルーク君もいる。

 その後ろには旦那のランドさんの姿も見える。


「でもどうして?」

「エリザベート様のご厚意でベルがいる間は、こちらにいる事にしたのです。

 いずれルークについても入学する事になりますし。

 それに……」

「それに?」

「エル様はご存じと思いますが、精神感応で離れた方と連絡も出来ますので。

 急な連絡が取りたい場合などにも便利ですから」


 そうか、ファンナさんの固有魔法を使えば遠く離れたバルクスにいる母さんに連絡が出来るんだった。


 ちなみに精神感応などの固有魔法は、保持している人特有の能力で魔法陣化や詠唱化は不可能とされている。


 たぶんトランシーバーとかのチャンネルをチューニングするように微調整が難しいからだと思うんだけどね。


「こちらに来るまでの間に幾つか連絡をいただいているのですが……」

「そこら辺の話は落ち着いてからにしよう。

 まずは、皆が休めるところの準備からだね」

「ですが、エル様。私たちは家族で来ております。

 今まで通りバルクス伯館に滞在するというのは……」


 今まではベル一人だったからバルクス伯館の一部屋を借りて生活していた。

 そこに三人追加になるから別の場所に引っ越すという事なのだろう。

 けど……


「遠慮はいらないよ。伯館は使用していない部屋だけは多いからね。

 それに今後もベルと色々な相談をしたいから傍にいてもらわないと」

「……なるほど、そうですか。ベルと……

 それでは申し訳ありませんが何部屋か御貸し頂けますでしょうか?」


 なんだか意味深な反応……あ、今の僕の発言は聞きようによっては告白みたいな感じなのか。


 そこでチラリとベルを見る。あ、顔が真っ赤っかだ。

 ……とりあえず見なかった事にしよう


「もちろん、荷物を運びこんでから何部屋必要か相談しましょう」

「はい、かしこまりました」


 そう言って、ファンナさんは一礼して馬車の方へと戻っていく。

 ルーク君も母親を追いかけて付いて行く。

 そういえば、ルーク君とちゃんとお話しできなかったな。

 最後に会ったのは赤ん坊の頃だから記憶にないだろうけどね。


「お兄ちゃん、アリィとリリィのお部屋もあるの?」


 それまでずっとベルにくっ付いていたアリシャが聞いてくる。


「もちろん。それで二人は別々の部屋と一緒の部屋だとどっちがいい?」

「「お兄ちゃんと一緒の部屋がいい!」」


 僕の問いかけに二人は元気に答えてくる。

 いや、ホント可愛いな。まぁ、さすがに三人は手狭すぎるけどね。


「……と言いたいけど、リリィはアリィと同じ部屋がいい」

「アリィもリリィと同じ部屋がいい」


 うんうん、今でも仲良しさんでお兄ちゃんは安心です。


「わかったよ。それじゃ僕の部屋の隣に二人のお部屋を用意しようね」

「「やったぁ」」


 二人は両手を上げながらキャッキャと喜ぶ。


 うん、これからさらに賑やかで楽しくなりそうだ。

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