第70話 ●「蠱毒の発芽」

 四月になり僕達は三年生となった。


 王立学校では八歳~九歳の二年間を初等部として座学をメインに徐々に実戦を前提にした教育へとスライドしていく期間となる。

 十歳~十五歳の六年間は中等部として実戦メインで徐々に難度を上げながら経験を積んでいく期間となる。

 この時期は学校外での活動も増えていくことになる。


 実際に一か月後の五月には三泊の予定で初めての学校外演習を控えている。

 ガイエスブルクから南に四時間程行った所にある森でキャンプするそうだ。


 森自体はモンスターも生息しているが、ほぼゴブリンレベルで単独行動さえしていなければ滅多に襲われることは無いそうだ。

 ……うん、とても香ばしいフラグのにおいがしますなぁ。

 いや、僕だっていつもフラグを回収するわけじゃない。……ないよね?


 基本的に学年が上がってもクラスメートは変わることはない。

 元々、貴族間の力関係が考慮されているから。しょうがないけどね。


 そんな中でもラズリアと取り巻き達の距離感はかなり変化した気がする。

 取り巻き達の殆どが別クラスのヒューネ侯爵のところに行っているようで最近はラズリアは一人ないしは数人でいることが多い。


 とはいえ、ラズリア自身も休憩中はいつの間にか何処かに姿を消している。


 後継者争いでギクシャクしていた、ヒューリアンもラズリアが既に眼中にないらしく、クラスは微妙なバランスで平穏な感じになっている。


「それでは、来月の学校外演習について詳細を説明する。

 期間は五月三日から六日までの三泊四日。

 場所は、ガイエスブルク南方にあるレイーネの森。

 演習目的は、森林地帯での戦闘演習。

 並びにキャンプ方法を習得し、戦中の駐屯地設立の基礎を覚える事だ。


 五~七名で一グループとなる。

 こちらは既に十グループで出来ているな。


 それでは携行品について説明を始める。まずは……」


 インカ先生により学校外演習の説明は続く。

 まぁ、この説明も三回目なので内容は把握している。


 僕達はいつものメンバー六人でグループになっている。

 ま、下校後も訓練でいつも集まっているメンバーだから楽でいいしね。


 うん、演習ではあるけれど久しぶりの遠出になるから今から楽しみだね。


 ―――――


 とある夜。


「さて、そろそろ、君の感情を清算すべき時が来たのではないかね?」


 男は囁く。毒の言葉を。


「幸い、来月には演習がある。演習は危険が伴う。

 そこであってもそれは、個人の責任だ」


 男は囁く。毒におかされた哀れなるが求める言葉を。


 既に駒は男の手によって一種の催眠にかかった状態になっている。

 それは男の組織が最も得意としている手段である。


 テロや暴動を起こすにあたり、もっとも対応が難しいものは何か?

 それはテロを起こす人間に、テロを起こすという意識が無い事だ。


 テロを起こそうとしている者は一種の殺意や殺気が漏れてしまう。

 警護する者はその意識に敏感に違和感を感じる事が出来る。

 だが、テロを起こすという意識が無ければそれを感じる事が出来ない。


 テロにおいて最も卑劣と言われる子供爆弾もその一種だろう。

 子供は自分が背負った荷物が爆弾とは知らない。


 そう、自分が死ぬ時まで。


 そして男の組織はテロへの意識を無くすすべに長けている。

 駒にとっては、男への警戒心どころか存在認知すら希薄となっていた。


 男が去れば、男と会っていたという記憶すら完全に無くなるだろう。


 今から行おうとしている事は、全て自力で実行しようとしている。

 そう思い込む。


 だからこそ男達の足取りは途絶える。そして誰も気づかない。


「さて、悲願を達成しようとしている君に一つ贈り物を上げよう」


 そして男は駒の前にある物を置く。


 それは古めかしい鏡。


 装飾にアンティークな感じはあるが、そこまで高級そうなものではない。

 言ってしまえば貴族が持つにはやや安っぽさすら感じるほどの。

 その駒が本来、見栄を張るために身に着ける物からしたら失笑するほどの。


 だが、駒にはそれが高価な一品物に見えているだろう。


 男としては、今回の計画を完璧なものにするためには後二ヵ月ほど、次々回の演習タイミングがベストであった。


 だが、自分を調査する校長の手は中々に早い。限界が見えてきていた。


 だからこそ用意したのだ。

 明日にでも退職をする男の最後の置き土産を……


 成功すれば御の字、王国に更なる混乱を呼ぶことが出来る。

 失敗しても少なからずの被害は出るだろう。

 貴族の公子・公女を巻き添えに。

 それは貴族間の猜疑心さいぎしんの種を植えるには十分な成果である。


 どちらに転んでもよいのだ。しかも彼らの組織の影一つも残すことはないのだから。


(まぁ、正直な所を言えばこの目でその惨状を見たかったですけどね。)


 あの少年。エルスティアへの憎悪を駒に増幅させ、それを無駄に放出しない様にプライドだけは高いこの駒を制御するのには苦労したものだ。


 とはいえ、所詮しょせんはガキ。甘い事を言えばすぐに乗ってくる。

 その言葉の裏に潜む蠱毒に気付くこともなく。


(この置き土産による成否を問わずこの駒はどうなるのでしょうね?)


 ふとそんな考えが頭をよぎるが、ぐに思い直す。

 使い捨ての駒の未来を考えても詮無せんないことだと。


(ま、生きていれば再び使える日も来るでしょう。)


 そう男はほくそ笑む。


「さて、君には聖遺物『湧き上がる悪夢』の使い方を教えませんとね」


 そして次第に駒は歓喜する。


 あまりの危険さゆえに『禁呪聖遺物』に分類される自分の願望を叶えることが出来る素晴らしいものをで手に入れられた事を。


 自分の願望を必ずや叶えられる日がそう遠くないことを。

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