第43話 ■「入学」

「みなさん、入学おめでとうございます。

 きっと皆さんは、今日から新しく始まる学校生活に、期待で胸を膨らませている事でしょう。

 さて……」


 学校でのスピーチと言うものは古今東西長いものらしい。

 今も校長による入学祝のスピーチが続いている。

 今日が穏やかな春日和で良かった、暑ければどこかで女学生が倒れて保健室に運ばれていただろう。


 今年度の入学生は近年では多いらしく千八百人程

 運がいい事にベルやリスティと同じクラスに…と思ったけれど、どうやら貴族間の繋がりを重視してクラス決めが行われるそうだ。

 侯爵様とかは取り巻きが傍にいないと不安なんでしょうなぁ。


 千八百人も集まってみると、大多数が金髪や茶髪、黒髪なのでリスティの赤髪は目立つ。


 確か子供の頃に読んだ「赤毛のアン」だと赤髪をからかわれていたな。

 僕としてはリスティによくあっているから好きな髪色ではあるけれどね。


「……ということで、みなさんのこれからの学園生活に幸多からんことを」


 おっと、いろいろ考えていた間に校長先生の話も終わったようだ。

 入学式はその後もスケジュールにそってつつがなく進み終了となった。


 これからクラスに移動する事になる。

 王立学校は一クラス六十人前後で三十クラスと中々の数になる。

 そもそも一クラスで六十人だ、自然と他クラスとの繋がりは薄くなる。

 僕たちのクラスは伯爵~男爵の公子・公女ばかりでどうやら平民はいない。


 うーん、ということは他のクラスにスカウトしにいかないといけないな。

 中央に来て改めて思ったけれど『伯爵公子』って言うのは中々にパワーワードだ。


 これを聞いただけで平民の人たちは一線を引いてしまう。


 お願いも命令と取られかねないから声を掛ける時には慎重さが必要になる。

 ある程度の権力を持った形で転生させてくれたことには感謝するけれど、この世界は権力至上主義が過ぎるんじゃないだろうか?


 僕とベル、リスティは連れ立って教室に入る。

 一クラス六十人前後だから大学の講義室のように広い。

 さてどこら辺に座るのがいいんだろうかね?


「おいおい、この教室、犬臭くないか? それも番犬の臭いがするぞ」


 不意に僕の後ろで大げさな声が上がる。?犬の臭いなんかしないけどな?


 そう思いながら振り返ると五人ほどの男子達が薄ら笑いで立っていた。

 特に真ん中にいる子は、他の四人に比べると制服の質が良い。


 支給された制服ではなくオーダーメードで揃えたのであれば、おそらく伯爵家の子供だろう。

 ホント権力を誇示しないとやってられないのかね?

 という事は他の四人は取り巻きか何かか?


 そしてその真ん中にいる奴(こういうのは奴呼ばわりでいいや)は、さも今気が付いたかのように僕を見ると大げさに


「あぁ犬臭いと思ったら。バルクス家の人間がいたのか」


 ほほぅ、我が家を犬とな?


「バルクス伯は魔陵の大森林のモンスター襲撃から王国全土を守る場所に位置しています。

 口さがない連中はその様を番犬と揶揄しているのです」


 後ろからリスティがこっそりと教えてくれる。

 あーなるほどなるほど、そういう事か。

 よし、僕の中の「いつか潰す」ランキングの一位にランキングしました。

 おめでとう。


 心に思ったことを隠しながら僕は笑顔で挨拶をする。

 元社会人。SEとして嫌な客とも仕様のやり取りをしてきている。

 嫌なことがあっても笑顔で挨拶するなんて朝飯前だ。


「はじめまして、エルスティア・バルクス・シュタリアです」


 それに奴は自分が優位に立ったと勘違いしたのか。より上から目線になる。


「ふんっ、ラズリア・ルーティント・エスト伯爵公子だ」


 うん? ルーティント? ルーティント?

 あぁ、盗賊沢山で僕の剣術と魔法の実戦練習に貢献してくれた所か。


「あぁ、『盗賊天国』のルーティント伯ですか。

 王国に来る際に通過しましたが面白いところでしたね。

 あれだけ盗賊が我が物顔で歩ける所なんて初めて見ましたよ」


 僕は率直な感想を言う。

 それにラズリアとか名乗った奴は途端に顔を真っ赤にする。


「貴様! 我が封領をバカにするのか!」


 おいおい、先にバカにしてきたのはそっちだろ。という思いを隠しながら


「いえいえ、僕の剣術と魔法の貴重な実戦練習を積むことが出来たので感謝してもしきれませんよ」


 と返す。うん、これは事実だよ。

『事実』という名の追い討ちにさらに顔を紅潮させるラズリア。


「何をやっていますか? もう授業を始めます。席に着いてください」


 ラズリアが何かを言おうとしたところで先生が入ってくる。

 その声に僕たちのやり取りを遠巻きに見ていた生徒たちも各々席に

 着くために去っていく。


「ベル、リスティ、僕たちも席に行こうか」

「あ、はい、エル様」


 その後は、絡まれることなく授業は進む。

 ……なんか時々睨んできてたけどね。無視無視


 ――――


「いやはや何だな。初日から絡まれるとは。

 お前は、トラブルに巻き込まれる体質なのか?

 しかし、お前は優しそうな顔をして辛辣しんらつなことをさらりと言う」


 結局、バインズ先生には今後も剣術の鍛錬を手伝ってもらう事にした。

 それによりバインズ先生の帰宅が遅くなるので、僕としても皆で食事をする方が楽しいから是非にと誘った結果、メルシーさんとリスティも僕の家で夕食をする事になった。


 今は夕食も済んで、ベル、リスティ、バインズ先生の三人と部屋でくつろいでいる。


 バインズ先生は、持参して僕の家に保管しているワインを飲んでいる。

 メルシーさんも一緒に飲んでいたんだけれど少し飲みすぎたらしく夜風にあたりに行っている。


 メイドさんたちは夕食の後片付けの最中だろう。


 そして先生に今日あったことを話したら、呆れられたという状況だ。

 いやいや、こっちも好き好んで巻き込まれているわけじゃないんですけどね。


「僕も自分だけの事を悪く言われたのであれば放っておきますけど。

 バルクス家、ひいては父さんの悪口を言われましたからね。

 黙っておけませんよ」

「まぁ、とりあえず手を出さなかっただけ善しとするか……

 お前が魔法でもぶっ放した日には大惨事だ」


 僕はそこまで短気じゃないですよ……せいぜい「ライトニングバインド」を使おうと思ったくらいです。

 バインズ先生はワインを飲むと、少し考え込む。


「しかし、ルーティント家か……、たしかイグルス派か。少し面倒だな」

「先生、イグルス派とは何です?」


「エル、アウンスト国王は知っているよな」

「はい、お会いした事はありませんが、名前ならば」

「国王は子沢山でな。男子八名と女子十二名の計二十名の嫡出子がいる。

 まぁ、王家を継続するためには子を多く作る事も国王の義務だからな」

「なるほど」


「だが、国王もご高齢になってきた。となると周囲は後継者が誰になるか? を騒ぎ始める。

 もちろん本来であれば嫡男を。となるが事はそんなに簡単じゃない。

 公爵十四家が後継者にと推しているのがバラバラになんだよ。


 もし自分が推した子が後継者になれば絶大な権力が転げ込むからな。

 その後継者争いに侯爵二十七家や伯爵家も参加しているからより面倒になっている」


 過去の歴史でも繰り返されてきた後継者問題がこの王国でも起こっているという事だ。


 特にこのエスカリア王国はラスリア大陸において、北のオーベル帝国と並んで強大な勢力を誇る。


 三百年近い治世により王族の権力は落ち、逆に公爵家の発言力が高まっている。

 しかも公爵同士が表向きはともかく、裏ではものすごく仲が悪いらしい。


 なので後継者候補の親族に自分の血族を送り込み婚姻関係になって勢力争いになっている。


 ここ数年の王国内の領土をめぐる争いも根本は後継者争いの代理戦争に近い。

 国王に自分が推し上げた子がつけば、さらに自家の発言力は確固たるものになるだろう。

 あわよくば、他の公爵家を潰すこともできるほどの……


 あぁ、貴族社会のこういったドロドロに出来るだけ巻き込まれないようにしたかったのになぁ。


「ルーティント家は、三男イグルス殿下を推すファウント公爵派だ。

 派閥としては脆弱な末娘を支援しているエルに絡んできたんだろうな。

 お前ならば他に後ろ盾がいないという判断だろう」

「迷惑な話ですね」


 僕が嫌そうな顔をすると、バインズ先生はニヤリと笑いながら残っていたワインを飲み干す。


 そこでふと思う。

 そういえばバルクス家は末娘を支援しているという話は何度も聞いた事があるけれど名前も聞いた事が無かったな。と


「……そういえばバルクス伯は確か末娘を支援しているって聞いたけど

 名前はなんて言うんですかね?」

「!!、ケホケホケホッ」


 僕の横でジュースを飲んでいたベルが咳き込む。


「ベル、大丈夫?」

「コホッ、はい大丈夫です。

 それよりもエル様は王女殿下のお名前を知らなかったんですか?」

「母さんに聞いても『そのうちね』と言って教えてくれなかったんだよ」

「あぁ、エリザベート様が……なるほど……」


 一人ベルは納得する。なんなんだろ?


「エル、末姫の名前は『クラリス・エスカリア・バレントン』だ。

 聞いた話では金髪の美少女だそうだ。

 あぁ、確かお前たちと同い年だったな」

「へぇ、そんな名前だったんですね。いつかお会いしたいものです」


「まぁ、お前はいずれは伯爵だ、宴とかで会う事もあるだろ」

「そうですね。ちなみにアルク男爵家は誰を推されているんです」

「男爵家程度じゃ話にもならんさ。

 ま、俺も末姫推しという事にしておくよ」

「支援する貴族がバルクス伯家だけじゃなくなりましたよ。心強いです」


 そう言ってバインズ先生と笑い合う。

 バルクス伯領にいる頃には縁遠いと思っていた貴族のめんどくさい部分にも今後慣れていかないとな。

 と改めて思った入学初日だった。

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