第42話 ■「入学前夜」
エスカリア王国 国立貴族学校、通称『王立学校』
創立二百七十年を超える王国最古の学校となる。
全校生徒は八歳から十八歳の一万二千人を誇る巨大学校だ。
僕の感覚から行けば小中高一貫校って感じかな?
八歳となる貴族の公子・公女にとっては、どこかの貴族学校に入学する事が義務となっている。
貴族学校としては王立学校の他に三か所あるそうだ。
クリスもそのどこかに入学するのだろう。ちゃんと聞いておけばよかった。
貴族学校と言う名前は、過去に貴族のみ入学可能であったのは確かだけれど近年は平民にも門戸が開かれたので形骸化している。
実際に学生の三割は平民である。
とはいえ、入学金と教育費は馬鹿にならないから、平民も富裕層が大半を占めている。
ダンスや乗馬、剣術といった貴族としての
そして、貴族、とくに伯爵家以上の上級貴族にとっては、この学校への通学は別の意味を持つ。
それは優秀な人材のスカウトである。
まぁ、かくいう僕もそれが目当ての一つではある。
というのも『ギフト』を授かった人で把握しているのはベルだけだ。
残り二人にもこの学校で会う事になるかもしれないので調査することも目的の一つになっている。
伯爵以上の貴族にとっては広大な封領を管理経営するには、優秀な人材は何人いても困る事がない。
そして、将来の主と同世代になるので長期に渡る人材確保という面でも優れている。
平民たちは普通に学びたいと言う人も確かにいるけれど、多くがあわよくばスカウトされることを目的としている。
スカウトされれば、高い給金がほぼ保障されることになるからだ。
とはいえ、プライドが高い伯爵以上の貴族たちは世間体を気にしすぎる。
だから、よほど優秀でもなければ平民がスカウトされることはない。
男爵・子爵家の三男坊あたりをスカウトする事が多いそうだ。
自分の派閥強化の側面もあるらしい。ほんと貴族ってめんどくさい。
まぁ、僕としては派閥とかあまり興味がないから、平民の掘り出し物の人材を重点的に探していく予定だ。
――――
入学式が明日に迫った中で僕はバインズ先生から最後の指導を受けている。
最後と言っても、引き続きバインズ先生は僕の護衛役として行動を共にしてくれる。
今後の剣術については主に学校で学んでいくことになる。
先生曰く、学校の剣術は実戦用ではなく儀礼用に近いものになるから、使い物にはならないらしい。
なので息抜きレベルであれば今後も剣術指導は手伝ってくれるようにお願いしている。
……毎日息抜きをする事になるかもだけれど。
こうして一年間、三勤一休のペースでやって来たおかげで、かなりバインズ先生の動きについて行けるようになった。
ベルは護身として一緒に習っているけれど、グロッキー状態で床に寝転がって呼吸を整えている最中だ。
この半月で剣術指導に新たなメンバーが加わっている。
バインズ先生の娘のリスティだ。
リスティ自体は、練習も付いて行くので精いっぱいという状態だ。
まぁ、バインズ先生がバルクス伯に旅立つ前は指導を受けていなかったので剣術練習自体がまだ半月と素人レベルだから仕方がないけどね。
でも弱音を吐かずに頑張っているところを見ると、負けず嫌いのバインズ先生の子供だなぁと思う事が多い。
「ハァハァ、それにしても、エル様はよく父様についていけますね」
バインズ先生との十分間の打ち込みを終えて帰ってきたリスティが僕に尋ねる。
燃えるように綺麗な赤髪は汗に濡れてぺっとりしている。
立っているのもきついのだろう。剣を杖代わりにしている。
十分間の打ち込みはいうのは簡単だけれど、実際やってみるとかなりつらい。
僕も最初の頃は終わるたびにぶっ倒れてたなと懐かしく思う。
「僕の場合は、子供の頃から体力強化していたから慣れが大きいよ。
それでも最初の頃は終わるたびに倒れてたけどね。
それよりも三人分相手にしているバインズ先生の方がすごいと思うよ。
長時間戦えないから引退したって言ってたけど、
それって本当?と最近特に思うんだ。
騎士団軍団長クラスになるともっと長い間戦闘が出来ないとダメという
事なのかな?」
自分の父親を褒められたからか。リスティは少し嬉しそうな顔をする。
この子は本当にお父さん大好きっ子だね。
「長時間戦闘というか長時間前線で集中力を切らさずに指揮するというのが
大変だそうです。
実際、戦闘の時間は長くても三十分でローテーションを組むそうです」
「なるほどね。リスティもやっぱり先生のように騎士団に入りたいの?」
「うーん、私の場合はどちらかと言うと前線に立つよりも後方で
戦術・戦略を練る方が向いている気がします」
「そうなんだ。だったらリスティさえよければ、
僕の補助をしてもらいたいな。
バルクス伯領は実際に軍勢を動かせる人材が不足しているから。
考えておいてほしいな」
と、さっそくスカウトをしてみる。それにリスティは少し考え込む。
「バルクス伯領に戻る際にはお父様も一緒に連れて行かれるのですか?」
「そうだなぁ。僕としてはぜひバインズ先生にはこれからも
手伝ってほしいとは思っているけどそこはバインズ先生次第だからなぁ」
もちろん、これからもバインズ先生が僕を助けてくれるのであれば心強い。
特に騎士団時代に培ったノウハウは部隊強化に欠かせないだろう。
でもバインズ先生の故郷はここガイエスブルクだ。
妻や子供もいるのであれば無理強いすることはできない。
その答えを聞きリスティは、頭を下げる。
「エル様、お誘いいただき有難うございます。
ただ、私自身、どのような才能があるのか、もしくは無いのかも分からない状態です。
この学生時代を通して確認してもらって、エル様の補佐するに値すると思ったらもう一度誘っていただきますでしょうか?」
「なんだ、エル。リスティに告白でもしたのか?
いくらリスティが可愛いからと言って簡単には嫁に出さんぞ。
俺の目が黒いうちは、ちゃんと俺を通せよ」
打ち込みが終わった後のクールダウンをしていたバインズ先生が汗を拭きながらやってくる。
もちろん、告白したなんて思っていないだろう。ちょっとした冗談だ。
若干親バカな所もあるけど。
まぁ、客観的に見てもリスティは可愛いから問題ないか。
「ちょ、父様! 告白なんかされてません!」
顔を真っ赤にしながらリスティが
うんバインズ先生が、からかいたくなる気持ちが少しわかる。
「ははは、見事にフラれちゃいました」
「エ、エル様まで!」
僕もバインズ先生の冗談に乗ったからリスティは頬を膨らませる。
うん、最初の頃は爵位を気にして顔が堅い事が多かったけれど、
大分表情豊かになって来たな。
「ごめん、ごめんリスティ。うん、さっきの話はまた時期が来たら改めて」
「もぅ、はい、先ほどの話はまたいずれ」
「おい、さっきの話っていったいなんだ? 気になるぞ。
本当に告白とかじゃないんだよな?」
「バインズ先生にも時期が来たら改めてお願いすると思いますから。
それまでは内緒です」
「なんだそりゃ……まぁいい。お前等、明日は入学式だから朝が早い。
さっさと夕食を食べて寝ろよ」
「はい、わかりました。」
こうして、最後の訓練もいつものように始まり、いつものように終わっていく。
明日からの学校生活、何が待っているか今は分からない。
でも色々と起りそうな予感を抱きつつ、夜が更けていくのであった。
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