第28話 ■「アインズの木の下で」

 アインズの丘……丘と言うけれど実際には標高四百mと山と言っても問題ない。

 比較的なだらかな傾斜が続くから丘と呼ばれているだけだ。

 実際に頂上まで馬車で上る事が出来る。

 季節折々の草花が自生しているのだけれど、木自体はそこまで多くは無い。

 頂上にはアインズの木と呼ばれる樹齢百年とも二百年とも云われる巨木が一本生えている。


 頂上から見える風景は、北を流れるアインズ川を除いては大草原が広がっている。


 天気が良ければ西と南にはエスカリア王国を守る天然要塞ともいえる山脈をかすかに見ることが出来る。


 四百m程度でバインズ領の領境が見えるのは、もちろん山脈の標高が高いという事もあるけれど、それだけ高層建築物が無いからとも言える。


 このバルクス領は北西から南東を縦断するアインズ川とその支流を中心として人の生活圏が発展している。


 アインズ川がバルクス領発展の鍵と言っていいほどに重要な河川となる。


 僕としてはこのアインズ川の治水整備をもっと進めたいと思っている。

 まぁ、実際に治水整備をするにしても莫大な予算が必要だから頭が痛いところではあるけれどね。


 頂上付近に広がる平地まで馬車で来た僕たちは、持ってきていた荷物を降ろしていく。

 降ろす先からベルはてきぱきと昼食の準備を進めていく。


 そしてあっという間に準備が完了する。さすがファンナの薫陶くんとうよろしくするメイドだ。


「にぃに、アリィ、お腹すいた」

「にぃ、リィもお腹すいた」


 アリシャとリリィが両方から僕の手を引っ張りながら訴えてくる。

 確かに時間は十三時を少し過ぎたくらいだ。普段からしたら少し遅い昼食になる。

 僕自身も途中で戦闘を経験したから、いつもよりお腹が空いている。


「そうだね。散策するにしてもまず腹ごしらえをしようか」


 僕たちはベルが準備してくれた昼食を食べ始める。

 クリスが急に決めたピクニックなのに出かけるまでの短時間でメイドさん達が頑張ってくれたんだろう。


 色とりどりのオカズが詰まっている。

 うん、うまい。メイドさん達には感謝感謝だな。


 昼食を食べ終わると僕とバインズ先生を除いた四人は付近の散策を始める。

 アリシャとリリィに関しては外出自体がほぼ初めて、見るものすべてが新鮮なのだろう。


 ベルやクリスに目につく草花の名前を尋ねているようだ。

 ベルは特に草花への造詣もあるようで、教えては「へぇー」「ベルねぇすごーい」といった賞賛の言葉をもらっている。

(クリスも一緒に感心しているのは見ていてなかなか面白い)


「お前は、一緒に混じらなくてもいいのか?」


 馬車を引いてくれていた二頭の馬のブラッシングをしながらバインズ先生が尋ねてくる。


「はい、僕は四人が仲良くしている姿を見るだけでも楽しいですから。

 それにここから見える風景はなかなか見ていて飽きない物です」

「ふっ、たまにお前は妙に爺くさい事を言うな」


「そう言うバインズ先生も暇じゃないですか?」

「元々お前たちの警護のためについてきたからな。俺の事は気にするな」


 そう言いながら二頭の馬のブラッシングを再開する。


 こうやってのんびりしていると、後九十年ほどで人類が滅亡するなんて嘘なんじゃないかと思えてくる。

 もちろん、これから怠惰に過ごすっていう気にはならないけれど。


「エル! アインズの木を見に行きましょうよ」


 不意に後ろから声をかけられる。振り向くとそこには笑顔のクリスがいる。

 いつも活発ではあるけれど今日は特にテンションが高い気がする。

 みんなで遠出したからかもしれない。


 確かにここまで来たのにアインズの木を間近で見ていかないっていうのも勿体ないな。


「うん、そうだね。皆で行こうか」


 僕が立ち上がるのを見て、駆けてくるアリシャとリリィ。

 お互いにポジショニングがあるらしく、右手にはアリシャ、左手にはリリィが掴まってくる。うん、まさに両手に花だ。


 いつか妹達も誰かと結婚して……いかんいかん兄バカが発動するとこだった(発動していないとは言っていない)


 ――――


「うわぁ、すげぇ」


 僕は思わず、感嘆の言葉が漏れる。

 これほど大きな木を見たのは前世も含めて初めてかもしれない。


 たたずまいは、皆が『この木何の木?』と気にしていた奴を数倍大きくしたような感じだ。

 たしかあれはモンキーポッドっていう木だったかな?


 樹齢百年とか二百年ってことだけどもっと経っていそうな気がする。

 それほどまでの重厚感を感じる。

 嘘か真か、この付近の魔力を吸収してここまで大きくなっているらしい。


 大きく広がった葉っぱが日差しを隠し、実際にこの辺りだけ気温が少し下がっているだろう。

 青葉の香りはとても心地よい、いわゆるマイナスイオン大放出! という感じだ。


 アリシャとリリィもびっくりしすぎて声を出すことも忘れて見上げている。

 それはクリスやベルも同じだった。


 そして我に返ったアリシャとリリィに両方から引っ張られベルは木の周りを歩き始める。


「ねぇ、エル……」

「うん? なにクリス?」


 いつの間にか僕の横に立っていたクリスが聞いてくる。

 こうして改めて横に立ってみると初めてあった頃は同じくらいの身長が二年ちょっと経って今ではクリスのほうが少し背が高くなっていた。


 男と女の成長速度の差だけれど少し悔しい。


 そして改めて思う。

 シルクのような艶を放つ金髪。

 強い意志を感じさせる青色の目。

 まっすぐ前を見るその顔は美しく誇り高い。

 けれどその場を優しい空気に一変させる事が出来る笑顔。

 そしてたまに見せるドジっ子っぷり。

 ……僕はそんな彼女が好きなんだと。


 そんな僕の視線を知ってか知らでかクリスはそっと呟く。


「……いつかまた、こうやって、皆でこの木を見て、笑い合いたいわね」


 その言葉はなぜだろう。いつもより真剣で切実な空気を含んでいた。

 僕はそれに素直に返す。


「うん、学校に入学するから暫くは無理だろうけど、いつか。

 必ず……皆でまた来よう」


 本当は「君と一緒に」と言いたいけれど、そこまでの勇気が僕には無かった。

 その言葉に、クリスは嬉しそうな、だけど泣きそうにも見える笑顔を見せる。


(ありがとう、その言葉だけで私は頑張れる)


 そう小さく呟くクリスの言葉は僕には聞こえなかった。


「エル! クリス! 暗くなる前にそろそろ出発するぞ!」


 遠くからバインズ先生の声が聞こえる。


「クリス、戻ろうか僕たちの町に……」

「うん、そうねエル……帰りましょう。私たちの町に……」


 そういって僕たちは歩き出す。


 ――しばらく経った後、僕は『アインズの木』の伝説をベルから教えてもらう。

『アインズの木の下でお互いに誓い合った約束はいつか叶う』という伝説を――

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