第27話 ●「無自覚の天才」

 ちょっと想定外の事はあったけれど、再び「アインズの丘」に向かい始める。


 馬車に戻ってきた際にはクリスとベルから本当に怪我は無いのか? を念入りに調べられた。

(妹たちも「大丈夫かぁ」と言いながら真似していたのは、可愛い以外の何者でもなかった)

 さすがに服まで剥かれはしなかったけれど……

 別にがっかりなんてしてないからね。


 前と同じく、馬車の操作をバインズ先生が、その横で僕が周囲を警戒という形になっている。

 後ろでは、安心したのか四人とも寝ているようだ。


 このまま順調にいけば十三時過ぎ位には着けるだろう。

 少々遅めの昼食になるけれど仕方ない。


「エル、さっきの戦闘について聞きたいことがある」


 不意にバインズ先生が口を開く。うん? さっきの戦闘で何かまずいことしただろうか?


「はい、何かまずいことがありましたか?」

「……単刀直入に聞く。あの魔法は何だ?」


 あの魔法? 何のことだろう? ……ん?

 もしかしてウォーターアローの事か?


「えっと、最後に使った魔法の事ですか?」

「ああそうだ。あれは何だ?」

「えっとですね……」


 ――――


「……という事なのですよ」


 最後に使った魔法について俺が尋ねた結果、エルは十分ほど話し続けた。

 段々と熱を帯びてきたのだろう、エルは話し終えた後、持っていた水を一飲みし大きく息を吐いた。


 正直、エルが話している事の半分も理解できない。

 ただ一つ改めて理解したことがある。こいつは所謂いわゆる天才だ。

 そしてそれを自身が気づいていない無自覚の天才だ。


 エルの理論は七歳のガキんちょが思いつけるようなもんじゃない。

 いや、そもそも魔法を長く学んだ奴でも到底思いつくことが無いだろう。

 それほど今までの理念を根本からくつがえしかねない異質さなのだ。


 しかも適当にやったらできました的な場当たり的なものではなく毎日の試行の積み重ねを元にした確固たる理論だ。


 エルは剣術についても才能の片鱗へんりんを見せている。

 日々慢心せずに努力すれば、いずれ自分を超えると確信させるほどに。


 もしかしたら、まだ見せていない才能を持ち合わせているのでは?

 と感じることがある。


『俺はな、バインズ、親バカなのかもしれないが、エルは神が連れてきた救世主なんじゃないかと思ったりするんだよ』


 ふと以前、レインフォードと飲み交わした際に言われた言葉を思いだす。

 その時は実際、四歳から鍛錬を始めたと言われたから否定はしなかったが、親バカだなという思いが無かったかと言われると嘘になる。


 だがこの三ヵ月、エルと接して気づいたことがある。エルは努力の鬼だ。

 同じことの繰り返しであろうと文句ひとつ言わずコツコツ継続することが出来る一種の才能だ。


 中央騎士団に所属していた時も数多くの才能あふれる若者を見てきた。

 中央騎士団は王国において主力の騎士団だ。

 天才と持てはやされた者達を集めてきていたのだから当然だろう。


 だが多くのものが自分の才に溺れ、努力を怠った。


 もちろん課せられた訓練はこなす。その他大勢の凡人よりも上手に……

 だがそこに満足、あるいは自分より劣る凡人を見下している者ばかりだった。


 ……今、その天才達は一人もいない。

 モンスターやベルカリア連邦との戦闘で死んでいった。

 彼らは死ぬ時まで気づかなかった。

 天才は何も自分だけではないという事に。


 一方エルは、自分の才能を知らない。まだ足りないまだ伸ばしたいという欲を常に持っている。


 恐らく、エリザベートがエルの恐ろしいまでの才能に慢心まんしんしないよう周辺の環境をうまく整えてきたのであろう。


 彼女は普段のほほんとしているが、そういった機微を読む事については恐ろしいまでに秀でている。

 彼女の教育方針は大成功と言っていい。


 エルのその努力は、幼いながらも尊敬するし、賞賛すべきことだ。

 だが、世の中はそんなに甘くない。


 ――革新は停滞に淘汰される――


 この世界、いや、この国は多くの部分が停滞している。

 停滞はよどみを生み、そして腐らせる。


 そして停滞は革新に絶大な拒否反応を示す。

 それは権力か……武力か……法か……俺には分からない。


 それにエルが今後、抗うのであれば多くの仲間を必要とするだろう。


 まさか、俺もその仲間の一人にしようとして雇ったんじゃないだろうな?

 と、邪推してしまう。

 不意にのほほんとしたエリザベートの顔が浮かぶ。

 あいつの事だあながち間違ってないだろう。


 まぁ、いいさ。

 騎士団を不本意にも退役し残りの人生なあなあに過ごすかと悲観していたが、

 俺もエルの進む先に興味が出てきたからな。


 俺はエルの頭に手をのせる。


「いいか、エル、お前のその才能は苦難をもたらすことになるかもしれん。

 だから、信頼できる友を作れ。それはお前にとっての力になってくれる」


 急にそんなことを言われても困るだろう。現にエルもよく分かっていないのか一瞬キョトンとする。

 だが、さとしい子だ。言葉の意味を理解したのだろう笑顔を向けてくる。


「はい! 僕がこれからやろうとしていることは多くの助けが必要になります。

 だからこそ僕は強くなりたい。そして多くの信頼できる仲間が欲しい。

 もちろんバインズ先生やクリス、ベル、ファンナさんも僕にとっては大切な仲間ですよ」


 その言葉に逆に俺が驚く。


 怪我で中央騎士団を辞めざる得なくなった時、向けられたのは失意だった。

 騎士団がすべてだった。それを失った俺にはもう生きる価値が無いと思った。


 だが、そんな俺を信頼してくれる奴がいる。

 それがどれだけ自分にとっての心の拠り所になるか。

 それを七歳の子供に気づかされるとは……思わず笑みがこぼれる。


「あ! 先生! 丘が見えてきましたよ」

「あぁ、到着だ。後ろの四人をそろそろ起こしてこい」

「はい、わかりました」


 エルは四人を起こすために後ろに移動していく。


 今日はうまい酒が飲めそうだ。そう思いながら俺は馬に最後の鞭を入れた。

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