第20話 ■「新しい出会い」
「エル様、おはようございます。
本日はお会いしていただきたい者がおりまして、連れてまいりました。」
二月のある日、出勤してきたファンナがそう告げると彼女の後ろに隠れていた人物が姿を見せる。
僕と同じくらいの年齢だろうか?
黒に近い茶髪に透き通った青色の目の女の子だ。
初めて会うはずなのにどこかで見たことがあるような?
「は、初めまして、イザベル・メルと申します。ベルとお呼びください。エルスティア様」
ファミリーネームがメルという事はファンナさんの娘さんという事か。
たしか前に聞いた話だと僕と同い年だったはずだ。
確かにそういわれてみるとファンナさんの子供版というくらいに似ている。
つまりは、将来、美人さんになる事間違いなしだろう。
「うん、よろしく。僕の事はエルと呼んでよ」
「えっ、ですが……」
ベルは不安そうに母親であるファンナを見る。
それにファンナさんは微笑みながら
「それでは、娘には私と同じくエル様と呼ぶようにさせていただきます。」
「それで構わないよ。よろしくベル」
僕はそう言って手を差し出す。
「は、はい、よろしくお願いします。エ、エル様」
僕の手を小さな両手で握りながらペコリと頭を下げるベル。
うん、小動物っぽくてかわいい。
「それで、ファンナさん。ベルを連れてきた理由を説明してもらえますか?」
「はい、ベルには今後、エル様の御付メイド見習いとして、仕事を行わせます。
当面は至らない所があると思いますがご了承いただければ幸いです。」
七歳から働かせるのか? と思うかもしれないけれど。
この世界では平民にとっては十分な労働力として数えられる。
特に農業を営む人にとっては欠かせない労働力になる。
ただ、幼少の頃から就労する事が原因で識字率が上がらないという問題にもなる。
僕としてはいずれは寺子屋システムを導入したいと思っている。
寺子屋は江戸時代に普及した、庶民の子どもに読み書きの初等教育を施すシステムであったが、当時のイギリスでも二十%程度であった識字率が、日本では七十%を超える驚異的な高さを誇ったという。
多くの優秀な人材を輩出するにはやはり学が必要だ。
とはいえ、一朝一夕ではいかないだろうけどね。
「なるほど、父様と母様はもちろん了承済みですよね?」
「はい、エリザベート様からは是非に、と」
あー、母さんならそう言いそうだな。と納得する。
「ん? ということはファンナさんは僕の御付きから離れるの?」
「いえ、そうではないのですが……」
と、少し言い渋る。と言っても深刻そうな顔はしていない、むしろ優しい顔をしている。
雰囲気的には暗い話ではなさそうだ。
「あ、あの、実は母さんのお腹に赤ちゃんが……」
「えっ! ほんとに! ファンナさんおめでとう!」
ほとんどファンナさんとは家族のように過ごしてきている。
そんなファンナさんに赤ちゃんが出来たのならば喜ばないわけがない。
素直に喜ぶ僕をみて、安心したのかファンナさんは微笑む
「ありがとうございますエル様。
ですので一時休暇をいただくことになります。
それに、来年にはエル様も貴族学校への進学をすることになります。
年齢の近いメイドを傍付にと、エリザベート様の思いもございますので」
なるほど、言われてみれば来年から学校に進学することになるのか。
この世界は、貴族たちの初等教育はそれぞれの家で、というのが通例になっている。
僕の場合は、自力で学習するというイレギュラーだったかもしれないけれど、本来は家庭教師やメイド長・執事などがその教育を行う。
そして、八歳になる年に中央にある貴族学校に入学しそこで十年間程度、礼儀作法や馬術・剣術といった貴族として必要な技術を学ぶことになる。
十年間
格上の貴族たちの中には力を誇示する意味も含めて数十人のメイドを連れて入学する者もいるそうだが、中級クラスの伯爵家では多くても五人程度に抑えるらしい。
ここらへんは爵位とか力関係による部分なんだろうな。
僕としては、当たり前のようにファンナがついてくると思っていたけれどそういう事なら年齢の近いものを入れようという事になったんだろう。
とはいえ、七歳の子にファンナレベル(メイドとして一流と言っていいレベルだ)は求めてないだろうから、どちらかというと幼少時から傍につけて将来的に僕をフォローできるようになってもらう感じなのだろう。
「それじゃ、ベル、ファンナさんの代わりとしてよろしくね。」
「は、はい、精いっぱい頑張ります!」
顔を紅潮させながら、ベルはお辞儀をしたのであった。
――――
あれから、一週間。
少しは仕事に慣れたであろうベルの様子は……まともだった。
おかしい、最初の出会いからドジッ子(予定)認定していたのに仕事は普通にこなしている。
もちろん、仕事を始めたばかりだから小さなミスはする。
けど、同じ失敗は繰り返さない…そもそも何もない所でこけるというドジッ子スキルを発動しない。
ってよく考えれば、あのファンナが傍付に、と言うなら仕事をまったく仕込んでないなんてあり得ないか。
まだ、僕と話す際には距離感をつかみ切れていないのか緊張することもあるけれどそれでも最初の頃に比べれば大分表情は柔らかくなってきている。
ただ、一つ問題が……。
ペラリとページをめくる音が書庫の中に響く。
かといって甘酸っぱい恋愛が始まる……ってこともない。まぁまだ七歳児だし。
ファンナは今頃は母さんのお茶の相手をしている頃だろう。
赤ちゃんが出来て激しい作業が出来なくなったなら。
と母さんにゴリ押しされる形で最近はお茶友達と化している。
同い年だし母さんも話しやすいのだろう。
静かな環境での読書。これぞ至高!ではあるのだけれど……肝心のベルは、部屋の角で僕が何かを言うまで直立不動で立っている。
正直、逆にやりにくい。
ファンナも僕の傍には控えていたけれど、読書をしたり何か作業をやっていたりと適度な距離感を取っていてくれたおかげで非常にこちらもやりやすかった。
「あのー、ベル?」
「は、はい! エル様、何かご用でしょうか?」
「えっと、少しショックなことを言うかもしれないけれど。
今みたいに直立不動で傍にいられるととても気になるんだよね」
「え? ……あっ、も、申し訳ありません!……
部屋の外で待機しておいた方がよろしいでしょうか?」
少し寂しそうに僕に聞いてくる。
おぃおぃそんな捨てられた子犬のような目線はやめてぇ。
「いや、そうじゃないんだ。
今みたいに肩ひじ張っておかなくても良いって事。
ベルも何か本を読んだり作業をして過ごしていてもいいんだよ。
ファンナさんもそうやって過ごしていたんだし」
「えっ、お母さんも……」
「うん、そこの椅子が愛用の場所だったかな。
ベルは何か読みたい本とかは無いの?」
そこで、ベルは少し言い
「あの、へ、変な子だとか思ったりしませんか?」
「え? いや、そんな事思ったりはしないけど?」
「私、子供のころから物を作ったりするのが好きなんです。
もし、メイドになっていなければ技術者になりたかったので技術書や専門書があれば……」
ん? いまこの子、技術者になりたかったって言ったか?
ふと僕が神様にお願いした『ギフト』が頭をよぎる。
もしかして、この子がそうなのか?
「なんで技術者になりたいと思ったの?」
「あの……変に思うかもしれませんが、もっと小さい頃、寝ている時に誰かの声が聞こえたんです。
それ以降、技術書や専門書を読んでも書いてある事が分かるようになって。それが、とても楽しくて……」
「その誰かって、例えば見たこともないような服を着たお爺さんとか?」
「は、はい! そうです。その時一度しか見ていませんけど、今でもはっきり覚えています!」
やっぱりあの
けどポジティブに考えれば三人のうちの一人がもう見つかったと思えばいい。
早いうちに前世の技術書を読めるようになってもらった方が話が早い。
「それなら、この本はどうかな? この国の言葉じゃないから解読していくことからなんだけど……」
僕は『書庫の指輪』から、『楽しい日本語』という日本語を勉強するための本をベルに渡す。
「す、すごい……なんて書いてあるのかわからないですけど。面白そうです!」
「分からないことがあったら、遠慮なく質問していいからね」
「はい、ありがとうございます!」
ベルはそういうと、いつもファンナが腰かけていた椅子に座ると僕の渡した本を読み始める。
うんうん、これはいい出だしかもしれないな。
……ベルが『楽しい日本語』を独自で読解したのはそれから一週間後だった。
ギフトってすごいな、おい。
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