第14話 ■「とあるひとつの出会い」

 五歳になった。


 毎日の練習のおかげか、ウォーターボールくらいの低級魔法であれば五十回詠唱しても倒れることが無くなり、これ以上詠唱したらぶっ倒れるな。

 が感覚的にわかるようになった。


 そろそろ低級魔法では時間ばかりかかって効率が悪くなるから中級魔法の詠唱をベースに練習しようかな? と考えている。


 魔法陣もこの半年で数多のパターン解析が進んできた。

 気づいたことは、その魔方陣が発明された時代によってパターンが変わっていることだ。古くからある魔法陣は同じような、例えば魔力を収縮させるための処理がそれぞれで独自の書き方になっている。


 それが近代に近づくほど、魔法開発が専門家により行われ始めたことが影響してだんだん共通化されているというのがとても興味深い。


 まぁ、そのぶん実践重視がメインになって古代の頃のはっちゃけた魔法が減っているのは面白くないけど。


 今後のテーマとしては、古代魔法陣の最適化が出来るか?を低級魔法から試してみようと思う。


 身体強化も四歳になったころから少しずつ始めている。

 とは言っても伯爵公子と言う身分が邪魔をして、屋敷外に独りで出るのが無理(出ようとすると数十人の護衛付)なので裏庭での柔軟体操や腹筋運動、ランニングが主になっている。


 まぁ、裏庭がグラウンドレベルの広さだから問題は無いけれど、同じ風景をただぐるぐる回るのは味気ない。


 子供だからすぐにへばってしまうが、継続は力なりの精神で頑張っている。


 そういえば、この世界では毎年誕生日を祝うという風習が無い。

 そのかわりに五年毎に大いに生誕会としてお祝いするというのが、習わしの様だ。


 『ギフト』もそれに合わせたんじゃないだろうな?と思ったりもする。


 そして今日は僕の生誕会が行われる予定だ。

 そのせいで、僕の遊び場として整備されて、ファンナ以外のメイドも休憩を兼ねていることが多いこの裏庭も今はファンナ以外は見当たらない。

 皆、今日の準備に駆り出されているのだ。


 中央に近い貴族たちは、こういった生誕会を舞踏会ぶとうかい晩餐会ばんさんかいにして自分の財力・権威を誇示して、人脈を強くしたりするらしい。

 いやぁ、ご苦労なこって。


 一方、我がバルクス家は領内の有力者を呼ぶくらいがせいぜいで質素に行う予定らしい。

 まぁ、僕としてもそっちの方が肩がこらないからありがたい。


「エル様、そろそろ準備を始めるお時間です」

「もうそんな時間か。わかったよ」


 ふぅ、有力者との挨拶はめんどくさいけど、せっかく皆が僕のためと準備してくれているからな。

 感謝しながら楽しむことにしよう。


 ――――


「皆様、本日は、我が息子、エルスティアの生誕会にご来場いただき、心より御礼申し上げます。中央の貴族方のような豪勢な料理とまではいきませんが、厳選した食材による食事やとっておきのワインをご用意いたしましたのでこのひと時をお楽しみいただければと思います」


 という、父さんのあいさつからパーテイーは始まる。

 人数としては五十人ほどであろうか、この世界に来てからメイド以外でこれほどの人を見たのは初めてかもしれない。


 今まで屋敷からほとんど出たことも無い、五歳のガキんちょの為によくこれほど集まったものだ。


 これが伯爵という爵位の重みなんだろうか。

 ファンナ達の話では質素って言っていたのにこのレベル。

 中央はどれだけ人が集まるんだよ。


 と言う感想を抱きながらも僕は、父親に付き添って大人に挨拶をしていく。


 五人目あたりから長ったらしい肩書と名前を記憶することを放棄した僕は、本当の五歳児だったら、このしんどさに泣き出す自信があるなぁと考える


 そんな僕の前に僕の母さんに付き添って一人の女の子が姿を見せる。


「これはクリスティア嬢、はるばる我が伯領までお越しいただきありがとうございます」


 と父さんは一礼する。どこかの貴族の娘なんだろか?

 年齢としては、僕と同じくらい。

 腰のあたりまで伸びた金髪はまるでシルクの糸のようにつやがある。うん、可愛い。

 大きくなればものすごく美人になるだろうことは疑いようもない。


「いえ、本日はお招きいただきありがとうございます。レインフォード伯。

 エリザベート様のおかげでとても楽しめております」


 と、クリスティアと呼ばれた彼女は微笑む。

 こういった場合は、まず僕から自己紹介をしないとな。


「始めまして、クリスティア嬢。

 エルスティア・バルクス・シュタリアと申します」

「こちらこそ初めまして。エルスティア殿。

 クリスティア・エルトリアと申します。

 エルスティア殿とは同い年なので。仲良くしてくださいね」

「どうぞ、私の事はエルと呼んでいただければ」

「そうですか? では、エル様、わたしもクリスと呼んでもらえますか?」

「はい、わかりました。クリス様」


 お互いに五歳とは思えないような会話をする。

 父さんや母さんから見たら、下手なおままごとの会話っぽく見えてるんじゃないか? と思ったりもする。


「もうしわけない、クリスティア嬢。私と妻は少々席を外させていただきます」

「ええ、大丈夫ですよ。レインフォード伯。エリザベート様」

「もうしわけありません。エル、クリスティア嬢の相手を少しの間お願いするぞ」

「はい、父上、母上」


 一礼すると、父さんと母さんは人ごみを分けて去っていく。

 だれか有力者の所に挨拶に向かったのだろう。

 残された僕とクリス。さて、ホストの一員として頑張らないと。


「ふぅ、お互い大人の前では大変ね。エル」


 僕にだけ聞こえるように、今までの大人びた口調ではなく年相応な声色でクリスは、語りかけてくる。


「え? ……なるほど、こっちがクリスの素なんだね」


 と僕も呼び捨てにする。それにクリスは少し驚き、その後嬉しそうに笑う。


「うん、どうしても立場上、侮られるわけにはいけないから。でも、どうしてかしらね?

 エルだったら素を見せても大丈夫だって思ったのよね」


 立場か……僕も伯爵公子として父さん達の顔に泥を塗るわけにはいけない。

 クリスもどこかの貴族だろうから同じような感じなのだろう。


「僕としては、今のほうが気楽に話せるからいいかな。

 正直、これだけ沢山の人に会うのって生まれて初めてだから疲れててさ」

「あらそうなの? でも残念、今日はエルにとって伯爵公子としてお披露目の場になったわ。

 今後は、より伯爵公子としてふるまう必要が出てくることになる。

 もっと大きくなったら毎日のようにこれくらいの人と会わなきゃいけなくなるわよ?」


 と意地悪そうに言う。それに対して僕が嫌そうにすると、クスクスと笑う。


「では改めて、エル、お誕生日おめでとう」

「ありがとう、クリス。君の生誕会に参加できなかったのは残念だけど、ここでおめでとうと言っていいかな?」

「ええ、ありがとう。嬉しいわ。お近づきの印と誕生日プレゼントの代わりに一つお願いがあるのだけど。聞いてもらえるかな?」


「僕にできる事なら」


しばらくの間、私、バルクス領に滞在することになったの。

 こちらのお屋敷に来ることも結構あるから、その際には一緒に遊んでもらえるかしら?」

「そんなことでよければもちろん。

 あー、でもどんな事して遊べばいいのか想像が出来ないな」


「難しく考えなくてもいいの。

 正直、私もほかの子がどんな事をして遊んでいるかわからないから。

 そうね、普段、エルがやっていることを一緒にできればいいわ」

「あまり、女の子が見ても面白くは無いかもしれないけど。

 うん、わかったよ」


「ありがとう、エル、これからもよろしくね」


 差し出される右手。そして僕も右手を差し出し握手をする。

 こうして、僕とクリスは友達になった。


 それを、遠巻きに笑いながら見ていた父さんと母さんに僕たちは気づいていなかった。

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