第12話 ■「魔法について再度考えよう」

 あー、おでこに冷たいものが当たって気持ちいいなぁ。

 と思いながら僕は目を覚ます。


「お目覚めになりましたか?エル様」


 僕の目の前にファンナさんの顔がある。うん、今日も美人だ。と全く関係のない事を思う。

 どうやら、裏庭の休憩場所まで連れてきて僕を膝枕しながら、おでこに手を乗せていたようだ。


「あれ? 僕……もしかして気を失っていた?」

「はい、魔力の使い過ぎによる精神喪失です」

「どれくらい気を失っていた?」

「十分ほどです。普通魔力消費による精神喪失ですと1時間ほど気を失う事が多いのですが、比較的早くお目覚めになりましたね」


 とファンナさんは笑う。

 その雰囲気に逼迫ひっぱく感や悲壮ひそう感が無い事から僕は理解する。


 母さんが魔法を使うときにファンナさんか大人がいるところでやるようにって言ったのは、気を失う事を前提としていたんだろう。

 まぁ、一人の時に倒れられるわけにもいかないだろうし。


 子供にどれだけ魔法を使いすぎたら気を失うと言い聞かせても、普通は理解できない。


 であれば、一度は魔力を枯渇こかつさせて、ぶっ倒れるのを体験する事で理解させる儀式のようなものなんだろう。


 この世界はなかなかにスパルタだなと苦笑する。


「それでエル様、引き続き魔法の練習は行いますか?」

「うーん、いや今日はやめておこうかな」

「それがよろしいかと思います。魔力量は無理して使うより毎日継続して練習する方が上がると申しますし」

「へー、そうなんだ。であればやっぱり今日は止めておくよ」


 と言って持ってきていた魔法書に目を落としながら物思いにふける。

 やっぱり魔力ってのは無尽蔵むじんぞうとまではいかないようだ。

 ファンナさんがまだ続けるか?と聞いたってことはある程度の時間経過で回復するんだろう。


(でもウォーターボール10発で枯渇だと魔力は多くはなさそうだよなぁ。)


 四歳という年齢を考えるとそれが多いのか少ないのかは分からないけど、もしこのまま魔力量が増えないとなると実用性が無い。

 これも練習で増加させないとな。


 適度な魔法消費がいいのか限界ぎりぎりまで魔法を消費させる方がいいのかは今後の確認材料だ。


(……あれ?)


 物思いにふけりながら適当にページをめくっていた僕はふと違和感を覚える。

 いまめくっているページはいろいろな魔法陣が記載されている。

 その中で魔法陣の一部もしくは全体に類似点と言うか法則性を感じる。


(なんだろ? この感覚? なにかに似たイメージを感じるんだけどなぁ)


 そこでふとひらめく。これってプログラムに似ていないかと。もちろんプログラムがそのまま記載されているわけではない。

 ただ記載されている内容をブロック単位でみると、そのブロックが部品化メソッドされているように見える。


(これも……これもだ……うん? こいつは同じ処理しているのに無駄な記述になってないか?)


 転生前はプログラマーとして仕事をしてきたせいか、スルスルと魔法陣の構成が理解できる。


(これって、実は結構すごい事なんじゃないのか?)


 と僕は気づく……これも調査するべきだな。

 うーん、生まれた時からのやり直しだから、ある程度成人するまで暇かとも思ったけどやりたいことがどんどん増えてかなり忙しくなりそうだ。


(ま、暇になるよりかはましだな。)


 とポジティブに思い直して、魔法書を再度読み込み始める。

 うんうん唸りながら魔法書とにらめっこしている僕を楽しそうに眺めて、自分の読書を再開するファンナであった。


 ――――


「……という事がありましてファンナさんがいてくれたおかげでとても助かりました」


 夜、夕食を食べ終わった後に、僕は今日の出来事を両親に話す。

 我が家のルールとして毎日三食を食べる際には、よほど忙しくない限り家族全員が集まって食事をする。


 一応伯爵家なのでドラマとかでよく見る、だだっ広い部屋に端から端が見えないくらいテーブルが並んだ食事会場もあるけれど、通常はこの六人くらいが座れそうな丸テーブルで、上座に父さんが座り両隣を母さんと僕が座るという形式だ。


 メイドたちも配膳はいぜん係を除いて、少し離れたところで全員が食事をする。


 食事の質も僕たちとそこまで違わない食事が出されて、メイドたちにも好評だそうだ。


 本来、貴族とメイドが同じ部屋で食事をするなんてあり得ない話だが、父さんがその古い慣習をやめ、いまのような食事風景になっている。

 我が父親ながら中々にかっこいい。


「それはよかったわね。ファンナ、エルを助けてくれてありがとうね」


 と母さんは、配ぜん係として横に控えていたファンナに対して感謝を述べる。


「いえ、そんな、めっそうもございません」


 とファンナは謙遜けんそんする。


 もちろん、ファンナが僕のそばに控えていてくれたことは、僕が卒倒そっとうする事を見越したうえでのことだ。


 それでもこういった感謝を述べることは、形式とはいえ重要なことだ。


(うーん、貴族ってもっと偉そうな感じかと思ったけどね。僕の家が特殊なのかもしれないけど)


「それで? 明日からは何をするんだい?」


 と食後のワインを飲んでいたレイン父さんが僕に聞いてくる。

 父さんは、貴族然とした厳格さは持っているけど、基本的には放任主義だ。

 もちろん、礼儀作法については厳しい面もあるが、「○○をするな。」といった束縛をされたことは一度も無い。

 こうして、明日からの予定を聞いては「そうか」とだけ返してくる。


「まずは倒れない程度に魔法を使ってみて魔法量が増えればいいなと。

 後は、魔法陣で少し気づいたことがあるので僕なりに考えてみようかと」

「そうか……エルよ」


 うん? いつもは「そうか」とだけ返してくるのに珍しい。


「はい、なんでしょうか父様」

「最近は魔法に興味を持っているようだが、教えてくれる先生は必要か?」


 ここは、考えどころだぞ。

 魔法をちゃんと理解するのであれば誰かに教授してもらうのは魅力的だ。

 でも僕が今からしようとしていることは、魔法陣の分析、出来るのであれば最適化や改変だ。

 もしかしたら禁忌扱いにされる可能性がある。

 とすれば自分だけのほうが適しているな。


「いえ、しばらくは僕にできる範囲で頑張りたいです。

 もし必要になったら改めてお願いしたいと思うのですが、いいですか?」

「そうか……わかった。その時には遠慮なく言いなさい」

「はい、ありがとうございます。父様。それでは、僕は部屋に戻ろうと思います。おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい、エル」

「あぁ、おやすみ、エル」


 ――――


「珍しいですね。あなたがエルにあんなことを言うなんて」


 エルが自室に戻ったことを確認したエリザはレインに語りかける。


「うむ……あの子はわがままを言わないからな。

 少し父親らしいことがしたかったのだが」

「そうですね。確かにエルは他の子に比べると、四歳にしては子供らしさが無いですものね。

 わがままも言わないですし、よく大人のような言動をすることもありますからでもやっぱり子供なんですよ。

 新しいことを知った時のあの子の目、本当にキラキラしていますから」


 そう言うとエリザはクスクス笑いだす。


 普段、伯爵としての責務を果たしているため、エルと一緒にいることが少ないことを改めて感じる。


 しかし、このバルクス領は常に外敵への警戒が必要な場所である。

 責務を怠ることはなかなか出来ない。

 責務と親としての愛情の板挟みにどうやら焦りを感じたようだ。


「そうか、少し先走りすぎたのかもしれんな。あの子は、伯爵公子だ。

 魔法に興味があるのは、跡を継ぐのが嫌なのでは?いう気がしてな。

 伯爵の責務としては跡を継がせたいが、父親としては好きなことをしてもらいたい。

 という感情が混ざってしまった。

 さっきは少し父親としての思いが強く出すぎたようだ」


 と苦笑いする。


「あら、大丈夫よ。あなた。エルはあなたの跡を継ぐつもりですよ。

 あの子ったら魔法だけじゃなくて4歳なのにバルクス領の地理や農業・商業の本を読んだりしてるんですもの。

 いずれは自分の中で何かを成したいことがあるのかもしれませんわね。


 その上で今興味がある事も精いっぱい楽しんでいる感じかしら。

 ファンナが、エルについてはちゃんと見てくれているから安心して」


 とレインの手の上にそっと手を重ねる。

 その言葉に満足したのか、レインはワインを口に含む。


 自分の息子の思いを知り、昨日よりもさらに息子が成長した事を感じながら飲むワインの味は格別であった。

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