第7話 ■「目覚めてみたら」

 目が覚めると、黒髪の若い女性が僕をのぞき込んでいた。

 年の頃なら二十代前半といった所の美少女……いや、美女と言っても良いだろう。


(見たこともない人だ、誰だろう?)


 隣には、同年齢程度の金髪の男性が、笑みを僕に向けている。

 両方とも身なりを見る限り裕福そう……だが、いまどきドレスと貴族のような服はいかがなものか?コスプレか何かか?


(いや、違う。これが普通なんだ……)


 頭が徐々に冴えていくにつれ、僕は神からの提案を思い出す。


(そうか、これが転生先の世界か……)


 声を発しようとしても


「あー、うあー」


 と、うめき声ともあえぎ声ともない音しか出てこない。


 次に体を動かそうとするが、指先や腕以外ほとんど動いた感覚がない。

 本当に赤子からのスタートらしい。

 いや、それにしても思考はそのままで体が不自由って制限強すぎないか?


「あら? どうしたのかしら? おなかでも空きましたかぁ?」


 女性(普通に考えると僕の母親なんだろう)は優しい笑顔を僕に向ける。

 なるほど、母親になった女性の笑顔はこれほどまでに美しいのか、と場違いな感想を抱く。


「うむ、男子だから乳をどんどん飲んで大きく育ってもらわんとな。

 いずれは、我がバルクス家の当主となる子だからな」


 と男性(こちらは僕の父親か)は頷くうなずく


「まぁ、あなた、気が早いですわ。

 まずは、エルスティアには元気に育ってもらう事こそ一番の望みでしょ?」


 と母親は父親に微笑みかける。

 エルスティア、それがどうやら僕の新しい名前のようだ。

 響き的には女の子っぽいけどこの世界ではこういった名前を男子につけるのかもしれないし、


 キラキラネームじゃなさそうな事を先ずは喜ぼう。

(日本人ならエルスティアなんてキラキラネームもいいとこだけど)


 そして、本当に人間として生まれたことにとりあえず神様には感謝しておこう……


 ――――


 半年の月日が流れた。


 正直、赤ん坊というのは退屈だ。

 精神年齢的には二十八歳の僕としては、夜更かしもまだ余裕だったはずなのだが、赤ん坊というのは、意思に関係なく眠気がきてそれにあらがう事が出来ない。

 そんなこんなで、一日のほとんどを寝て起きれば、おっぱいを飲み、排せつ物をして泣くを繰り返す。


 なんだろう、赤ちゃんプレイってこんな感じなのかな?

 とかよく分からない感想を抱いたりしている。


 母親とはいえ女性の乳房に吸い付くというのも、えも知れぬ背徳感が……

 まぁ、さすがに一か月も過ぎる頃にはそんな気も起らなくなったが、慣れって恐ろしい。


 ただ、ここ最近はハイハイが出来るようになったことで行動範囲(家の中を動き回るくらいだけど)が広がった。

 それに伴っていろいろな事がわかってきた。


 まず、この家、父親はバルクス家と言っていたか? は裕福だ。

 いや、ただの裕福とは違うな。かなり裕福と言ってもいいかもしれない。


 建物は木造と石造りの三階、いや二階以上に行けるだけの体力が無いからもっと上があるのかもしれない。


 一階だけでも部屋が八部屋以上。

 メイドさんも見たことあるだけで八人はいる。


(そういえば、ある程度の権力を持ったところに転生させるって言ってたな。

 こりゃ本当に地方領主の家である可能性が高いか。)


 窓から見た景色からは少し小高い丘の上にあるらしく、眼下には家並みが広がっている。


 家並みを見る限り二階以上の建物はほぼない上に、鉄筋でできた家もなさそうだ。


(どうやら本当に中世レベルの世界みたいだな)


 街灯といったものもなさそうで、この家(本当に家というレベルなのかは置いておいて)も夜にはメイドたちが一定間隔に置かれたランプに油を足して火を灯すのが仕事の一つになっているようでガス・電気に近いものもまだ発明されていないようである。


(神様が言うには魔法が発展しているってことだったけど、技術流用はしてないのか?)


 いろいろと聞いた話で想像していた部分とずれがあるけど、これから把握していけばいいか。

 まだ九十九年もある事だし。


「あら? エル? 一人でまたお散歩しているのね」


 不意に声をかけられて、体が浮き上がると温かい両腕に包まれる。

 黒髪の女性、エリザの笑顔が僕を見つめていた。


 彼女(僕の転生先の母親だが)の本名は、エリザベート・バルクスB・シュタリアと言うらしい。


 年齢は二十二歳、僕の感覚で言うと学生結婚して大学卒業後、すぐに子持ちになった感じだろうか?


 ちなみに父親の名前は、レインフォード・バルクスB・シュタリアと言うらしい。

 年齢は二十三歳、やはり思っていたようにバルクス領の伯爵らしい。

 どうしても子供に入ってくる情報なので「らしい」や「みたい」と確実性が無いけど、両親同士が「レイン」「エリザ」としか呼ばないしメイドたちも「伯爵様」「伯爵夫人」としか呼ばないからどうしようもない。


 そして僕の名前は、エルスティア・バルクスB・シュタリア。


 第一子でバルクス伯爵公子という立場になるようだ。

 顔立ちはありがたい事に両親の良い所取りをしたようで赤ん坊ながら整っている。


 金髪に母親譲りの黒髪が一房ひとふさあり、それがワンポイントのようになっている。


 身体的には強化していないからか、まだ少し移動するとすぐ疲れてしまう。

 うーん、今後の事を考えるといずれ鍛錬が必要だけど赤ん坊のころから無理な筋トレは成長阻害を起こしそうだから計画的にやらないとな。

 いずれは、魔法も覚えていきたいし。


「それじゃ、エル、怪我しないように気を付けてお散歩しなさいね」


 そう言っておでこにそっとキスをすると、僕を床に戻して去っていく。


 このように、母親は僕が家の中をうろうろしていても怒るでもなく見つけると優しく抱き上げて、暫くしばらく頭を撫でると再び床に僕を戻してどこかに去っていく。


 うーん、子供がうろうろしていて怪我をするとか心配しないのだろうか?


 まぁ、僕としては怪我をするようなところには、なるべく行かないし、行っても怪我をするようなへまはしないけど。


 しかし、生後半年では手に入る情報も限りがあるな。

 もう少し大きくなって行動範囲が広がったら家にある書物でも探し出して情報を仕入れないとな。

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