抗ガン剤は夏を迎えた雪のように

生きていけば生きていくほど「あの時死んどきゃよかった」のチャプターマークがビービー付いてくもんだから、なんも知らんままあっけなく逝きたいもんですね。今日の夜や明日の朝は受動的にやってくるので【降る】と表現したい。降る日。降る朝。降る夜。降る夏。降る年。


誕生日でした今日は。生きるのは楽しい。そしてそれ以上に虚しい。空き缶でも投げるみたいにポイ、と死にたい。いつか喜も哀も鈍色になった。回線の悪い電話みたいに届かなくなった。つらいとかはない。「どうせ死にゃ無だしなあ」と思うとなんも感じなくなる。へらへら笑ってるうちに日々が過ぎていく。降っていく。


そうやって降ったものは夏を迎えた雪のように形に残らないので、記憶にある温かいものや冷たいもの、つい口角が上がる思い出や胃が痛くなる映像、それらは実際に起こったものなんだろうかと思う。


実際に起こってなかったらそんなに良いこともないしそんなに悪いこともないと思う。夢幻に一喜一憂するブラックボックス。ドーナッツホール。ドーナッツホールの逆。聖地巡礼。やがて概念になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます