20190131その3

鳥と水滴の文体は良かった。久しぶりにキャラクターやストーリーのことを考えた。書いていて楽しかった。少しだけ昔の淡白な文体が戻ってきた。昔のほうがうまかった。真摯に創作していた。悲しくなる。一年ぐらい書いてないとさすがに下手になる。今の文体は熱烈で速い。昔の文体は冷淡で遅い。

鳥と水滴の話を読み返した。思ったよりも良くなかった。転落が急なのと、コピーのジェットコースター体験に引きずられて一貫性を失っているイメージ。映像が続くのを期待されるはず。読むのをやめるのは最初の転落(急なの+漢字が多くて硬い)とビジネスホテルの会話が始まったところだと思う(映像終わり??一貫性isどこ??となる)。緩急を付けたかったので会話中の地の文には読点を多く使った。逆に最初はあまり読点を打たなかった。


完璧であらなくてはならないという気持ちのせいで疲れる。果たして完璧な人間がいるのかと励ます。そんな人間は気持ちが悪いし、醜さなくして美しさはないし、醜さを含めないと完璧にはならないのに。とか書いてもあまり励みにはならないか。わからない。この文は自己愛性のとこにもっていくかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます