第二話 幼馴染み
鷹秋と出会ったのは小さいころ。近所に、いじめられてはよく泣く男の子がいた。それが彼。同じ幼稚園に通い、卒園と同時に、引っ越していった幼馴染み。
再会したのは中一のとき。再会というより、みつけた。
わたしの通う中学は、街に点在する三つの小学校を卒業した子たちが集まってくる、どこにでもありそうな学校。三分の一は見知った顔が並ぶけど、残りは知らない顔ぶれがそろう教室には、真央の姿はなかった。
小学校時、同じクラスになったこともないけど、バスケットボール部で彼女と知りあい、一つ下に弟がいるわたしたちは、似た悩みもあって、仲良くなった。純粋でまっすぐな彼女から困った難題を持ちかけられ、その都度相談にのってあげたりしていたけど、それが楽しかったのも事実。わたしを慕ってくれる彼女を親友と思っていた。だから、わたしも相談事を打ちあけ、ますます仲良くなった。彼女もわたしのことを親友と思っているはず。ここだけの話、口より先に行動する彼女の性格が、ちょっぴりうらやましい。
バスケットボール部に入れば会えるかと思ったけど、そこにも彼女の姿はなかった。
そのかわり、意外な場所で再会した。
クラス委員の委員会に出席したとき、彼女がいた。クラス委員をやりたがらない子だと思っていたから、正直驚いたが、疑問はすぐ解けた。議題そっちのけでみつめる視線の先、隣に座る男子が目当てなんだ、と。
短く刈り込まれた髪。フレームのない眼鏡。ぱっちり開いた瞳に、つけまつげかとまちがうほど、長いまつげ。黒色の学生服の襟元は開いていて、下に着ているのは体操服の白いシャツの襟首がみえた。
なんか、あのひと……ちょっといいかも。
ふと胸の中に浮かぶ思いに驚きつつ、慌てて打ち消し、みないようにした。
教室が離れているせいか、合同体育でみかけることもなく、委員会でしか二人をみることはなかった。
真央を廊下でみかけたとき、声をかけようかと思ったのに、足がすくんでしまう。
ケンカ別れしたわけではないけれど、クラスが違うだけで距離を感じる。
かわりに、廊下であのひとを探している自分がいた。
長い手足をもてあそぶように、ぎこちない歩きにみえた。背が高く、痩せているせいか、軽く腰を曲げる感じで誰かと話している。なんとなくだけど、格好いい。
積極的に行動する真央のことだから、つきあってるかも。真央と一緒に帰るときは手をつなぎ、しなやかな腕をからませるかも。真央を抱きしめ、キスするときも、ちょっとだけ腰を曲げたりするのかな。あの長い両腕と無邪気な笑顔で真央を虜にし、耳元でどんな愛の言葉を囁くのだろう。キスしていい? それともキスしよう? どんないい方でも、あのひとにいわれたら、うなずき目を閉じてしまう。
真央と……という考えが、勝手に走るわたしの妄想を止まらせた。
――友達の彼氏に、なにときめいているの。
べつにそういうんじゃないんだから、と自分に言い聞かせ、気にしないようにしてきた。
「朱里ちゃん? だよね」
真央が追試で欠席した、委員会終了後。あのひとから声をかけられた。
「ぼくだよ、鷹秋。服部鷹秋」
「鷹秋……って、鷹ちゃん?」
かなり風貌はかわっていたけど、そういえば、女の子のようなかわいらしい目元はあのころのままだ。引っ越したといっても、他県に移ったわけではなかったらしい。同じ街のよその学区に住んでいると知って、なつかしさが一気にこみ上げてきた。
「久しぶり。背、伸びたね」
いや、伸び過ぎ。昔はわたしより小さかったのに。
「うん。朱里ちゃんは……あのころもかわいかったけど、えっと……きれいになったね」
「ちょっと! なに恥ずかしいこといって」
少し顔が熱くなる。
――からかってる?
冷静になろうと、記憶の彼を思い出す。
からかわれることはあっても、誰かを傷つけるようなことをする子ではなかった。お世辞をいえるように成長したのだろうか。
そんなことより彼の言葉が、忘れていた妄想を呼び覚ます。
彼の顔、彼の目、彼の唇が目の前にあるのだ。「真央」という部分が「わたし」に変換される。
――きれいって、いわれた。
「うん、ありがと……」
うつむきつつ、お礼をいった。
友達の彼氏にときめいたこと、その相手が幼馴染みだったこと、その彼が話しかけてきたこと、きれいといわれたこと、うれしいやら恥ずかしいやら、感情を抑えきれない。変なことをいいそうになる。
「鷹ちゃんごめん、いま時間ないから。また今度ね」
そういって廊下を走った。彼から逃げるしかできなかった。
このころはまだ、真央とつきあっていなかったみたい。だけど二年生になる前には、並んで歩くのがお似合いの二人になっていた。その過程をみることができたのも、部員不足の陸上部に臨時参加したから。大会で賞を取り、顧問の先生のしつこい勧誘を断れなくて転部したから、いまのわたしがあるんだけど。
二人がつきあうことになったとき、ショックじゃなかった。
よかったね、と素直に思えた。
さびしく思わなかったことが残念だった。
いまは少し違う。
あのときの気持ちは、恋になり損ねたのだと、胸の奥に音もなく落ちてきた。
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