第二話 図書室の小悪魔

 先に行っててと悠一郎に伝え、わたしはトイレに立ち寄った。

 鏡の前で前髪をさわり、身だしなみをチェックする。スカーフを軽く締め直し、胸元のデンジャラスゾーンに注目。このときのために、体育のある日でもチョイスしたのだ。のぞこうとすれば、ピンクのブラがちら見できることを確認し、そのままにしておいた。


「食塩水の文章問題が苦手なんだよね。これなんだけど……わかる?」


 テーブルに問題集を開いて、向かいに座る悠一郎にみせる。


「どれどれ。あー、これね、うん」

「六%の食塩水一〇〇gに二〇%の食塩水をどれだけまぜたら、一八%の食塩水になるかなんて、そもそも数学? 理科と違う? 太陽の当たるとこに置いておけば蒸発して、そのうち一八%になるんじゃない?」


「そうだけどね」小さく笑いながら、「もう少し、文章を付け足してみれば、わかりやすくなるよ」と教えてくれた。


「つまり、一〇〇gにXg足して、(一〇〇+X)gの食塩水を作りたいわけ。食塩の量は、一〇〇gの六%とXgの二〇%を足した量が(一〇〇+X)×一八%となるから」

「おっ、それでできた式を解いて、Xを求めるんだね」


 ノートにペンを走らせ、問題を解いてみる。


「えっと、だからこうなって……Xは六〇〇g」

「正解!」

「わかりやすい! というか、最初からわかりやすく問題書いといてよね。作った人間、文章力ないんじゃない?」


 さっきからずっと、彼に教わりっぱなし。

 成績がいいと大翔が話しているのを聞いて知っていたけど、これほどとは驚きだ。

 部活のあと、彼は塾に通っているそうだ。どおりで成績がいいわけだけど、きつい練習のあと、よく勉強する気力が残っているものだ。感心を通り越して、化け物かといいたくなる。こっちは、疲れて帰ってそのまま寝てしまい、宿題は翌日の休み時間に写させてもらっているというのに。

 得意としていた教科も、彼の方が成績がよかった。

 それを見越して声をかけたのだが、これでは、わたしの出る幕がないではないか!


 ――ひとはみかけによらないというけど、頭の中まで優秀とは。


 おまけに、足も速い。サラブレット姉弟か。

 自分の家とくらべると、世の不条理さをはかなげに恨みたくなる。

 うちの妹は、わたしと一緒くらいバカだ。

 だから、ではないけど、ちょっと意地悪したくなる。


「ねえ、悠くん」彼の少し太い指をつつく。「つぎの問いも教えてくれない?」


 辺りを気にしつつ、少し身を乗り出し手を重ね、ちょっと前屈みで、胸元をアピールしてみる。直視できないのか、顔をそむけつつも、視線をむけてきた。


「あ……うん、いいよ……えっと」


 耳が赤くなる彼。図書館の暖房のせいではない。

 ちょっとだけ罪悪を感じつつ、まじめに教えてくれようとする彼がかわいかった。


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