第33話 トライ → リトライ

 失敗した! そう思った瞬間強い衝撃を受けた。


「リュー!」


 ああ……父さんの声が聞こえる……


「大丈夫か! リュー!」


 そ、そうか……トレードに失敗して一瞬がっかりして動きが止まったところでフレイムキマイラの足に蹴られたんだ。まだ【隠密】が効いていたはずだから狙った蹴りじゃなくて、たまたまかすっただけ。それなのに大きく吹っ飛ばされて、ちょっと意識が飛んでた。


「だ、大丈夫……まだやれるよ」


 大きな声は出せなかったけど、一応そう言って父さんに手をあげておいたら安堵して頷いてた。心配かけるつもりはなかったのに失敗した。もともと半分は失敗するつもりの計画だったのに、一回目が成功して欲が出た。だからショックを受けてしまったんだ。次は気を付けないと……


「ぎぃ!!」


 起き上がろうとして左手をついて、あまりの痛さに再び地面に倒れ込んでしまった。


「あ……これ、だめだ。これ以上左手を使ったらたぶん治らなくなる」


 まだ辛うじて自分の意思で動く。そのレベルで留めておかないと【回復魔法】でも治せる自信がない。とりあえず、魔力残量が厳しいけど痛過ぎて集中できないので、ちょっとだけ左手に【回復魔法】をかけておく。


「二回接触したら手が使えなくなるとか……どんなムリゲーなんだよ。くそ!」


 それでもやるしかない。【敏捷4】はもうトレードの対象に指定出来ないから、もう一度レベル四と交換するところからやり直しだ。今度は右手を使うしかない。


 同じように【水術】で準備をすると、ふらつく頭を振って立ち上がる。目線だけで父さんに決意を伝えると、父さんは黙ってフレイムキマイラへと突っ込んでくれた。僕を信頼して頑張ってくれている父さんの期待になんとか応えたい。いつも守護者として危険な魔物と戦ってくれた父さんを僕だって助けたいとずっと思っていたんだ!


 【隠密】全開! いけ!



【技能交換】

 対象指定 「爪術4」 

 交換指定 「棒術3」

【失敗】


 また、失敗。くそ! 熱さと痛みで頭が朦朧としてくる……もう手がもたない……なら、このままもう1回!


【技能交換】

 対象指定 「爪術4」 

 交換指定 「狩猟3」

【成功】


 やった! 成功した! 僕には【爪術】は使えないスキルだろうけど、フレイムキマイラにとっては無いと困るスキルのはず。これで父さんやガンツさんたちが……


「リュー! なにをしている! 【隠密】が解けているぞ!」


 え……あ……しまった。


 頭が朦朧として集中が切れていたんだ……フレイムキマイラの目が僕を見ている。なんて目だろう、怒りと殺意しかない無機質で無感動な目……その目が妙にゆっくりと近づいてくる。鋭い牙が生えた口が開いて僕を……


「リュー!!!」


 強い衝撃と共に弾き飛ばされた僕は、土の味で正気に戻った。いったいどうなったんだ? フレイムキマイラの噛みつき攻撃をかわせるタイミングじゃなかったはずなのに……体には大きな怪我はないみたいだけど……。


「ガードン!!」


 そのとき俺のすぐ横を大槌を振りかぶったままのガンツさんが駆け抜けていった。そのままの勢いでフレイムキマイラの顔面を横殴りして注意を引きつけている。


「リューマ! ガードンを下げろ!」


 え? 父さんを? ……え、そういえば父さんはどこに……!


「父さん!」


 探すまでもなかった。僕の目の前に、血だまりの中で横たわる父さんがいた。

 

 この出血はやばい! とにかく父さんをフレイムキマイラから離さなきゃならない。……くそ、火傷で手の皮がくっついて指が開かない。取りあえず脇の下に手を差し込んで引きずるしか……激痛が走る両手を脇の下に入れようとして気が付く。


「え?……と、父さんの左腕がない」


 そ、そうだったんだ……僕を突き飛ばしてくれたのは父さん。代わりに腕を……喰いちぎ……ぼ、僕が【隠密】を維持できなかったばっかりに父さんが!


「リューマ! 急げ!」


 そ、そうだった! 思わず呆然と立ち尽くしそうになったところをガンツさんの怒鳴り声で我に返る。いつの間にかこぼれていた涙をフレイムキマイラの熱気で蒸発させながら急いで父さんを引きずる。くそ……いまは後悔している暇すらないのか。


「地面の血だまりはこれの出血だったんだ……早く止血をしないと、あ!」


 ある程度離れて、なけなしの魔力を使い切るつもりで【回復魔法】をかけながら止血をしようとして気が付く。


「この手じゃ紐を縛ることもできないじゃないか……」


 魔力枯渇寸前の【回復魔法】じゃ止血しきるところまでいかない。このままじゃ父さんが死んじゃう。一体どうすれば……くそこの手が!


 無理やり指を広げようと力を込めてみるが、激痛が走るだけで指は離れない。くそ! くそ! 僕のせいで父さんが! おとうさんが!


『リューマ! 大丈夫か! 今戻ったぞ!』


 突然飛び込んできた念話と、視界の隅をぴょんぴょんと跳ねてくる緑色のスライムがなんだかちょっと頼もしく見える。


『タツマ! 父さんが手を! 血が止められないんだ! なんとか血を止めないと父さんが死んじゃうよ!』


『落ち着け! リューマ。……確かにこれはまずいな。取りあえず試したことはないが、止血は俺に任せておけ。俺が傷口に張り付いて流れてきた血をまた腕に戻してやる』


 タツマはそういうと父さんの左の肩口の傷に張り付いた。そうすると、タツマの半透明のボディの中に赤い流れが見えるようになった。タツマが言う通り出血して溢れてた血をそのまま体内に送り返してくれているのだろう。


『……よし、なんとかいけそうだ』

『あ、ありがとうタツマ……助かったよ』

『そんなことはどうでもいいが、現状はどうなってる?』





今回のわらしべ

『 狩猟3 → 爪術4 』

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