第29話 人魔族 → モフ無双

『リューマ! 一応そこの香炉には気を付けろ。もう煙は出てなさそうだが、そこから出てた煙は状態異常を促進する効果があったっぽいからな』


 エルフに向かって走る僕にタツマが注意喚起を投げかけてくる。言われたところを見ると僕がエルフを見た時に持っていた一抱えほどもある大きさの香炉が置いてあった。


『蠱惑(こわく)の香炉 : ここで焚かれた香の効果を倍増する魔道具』


 どうやらただの香炉ではなく、こう見えても魔道具だったらしい。これで焚かれていたなにかのせいで高レベルだった父さんまで強麻痺なんていう重度の状態異常になってしまったんだ。幸いいまはもう、香炉の中からなにかが出ている気配はない。でも一応、近くを通らないようにして走る。


 エルフを縛る道具は馬車の向こうの西門の詰所に置いてあるはず。まずはエルフを当身で眠らせ、道具を取りにいって縛る。フレイムキマイラを送り返せないのは痛いけど、魔境産の魔物が更に増えるよりはましだ。


「……!!」


 そんなことを考えつつ、エルフまでもう少しのところで【俯瞰】のスキルで周辺視をしていた僕の視界になにか黒い物が飛んでくるのを捉えたので、慌てて足を止める。

 足を止めた僕の一メルテくらい前の地面に ぐじゅり と気持ち悪い音を立てて黒いなにかが着弾し地面を黒く染めた。


「ほう……意外と周りが見えているようですねぇ。なかなか将来有望だ」


 馬車の中にいたのか、小太りの行商人がいつの間にか出てきてエルフの隣に立っている。

 タツマの言うことが正しいのならこいつが人魔族で、エルフを操り、村に魔物を呼び寄せた張本人だ。


名前: アドニス 

LV: 11

状態: -常

称号: なし

年齢: 4-歳

種族: 人-

技能: 交-術1/鞭術- 

特殊技能: なし  


 ……あれ、鑑定結果がなんかおかしい。凄い雑音が混じる感じで見ていて気持ちが悪い……これ絶対なんかの偽装系のスキルが働いてる。くそ……でも僕の【鑑定】だって【目利き】とのコンボで普通じゃないんだ。これくらいの偽装なんか!


 自分の中の【鑑定】と【目利き】を特に意識して力を注ぎこむように【鑑定】を掛けなおす! ……く、頭が痛い……でも、雑音が……おさまってきた……み、見えた!


名前: アドニス 

LV: 34

状態: 健常

称号: 虐げられし者の末裔(他種族との戦闘時ステータス微増)

年齢: 25歳

種族: 人魔族

技能: 剣術2/闇術5/偽装4/詐術3/隠密2/夜目4/行動(森4・闇4)/耐性(闇5・毒3・麻痺2)   

特殊技能: なし  

固有技能: 魔血解放


 確かに人魔族だ……どうやらあいつが持っている【偽装】のスキルがステータスを隠ぺいしていたらしい。それにもしかしたら高レベルの【偽装】は姿形すら誤魔化すことができるのかもしれない。


「どうして、こんなことをする。この村の人たちは行商にきたお前たちになにも悪いことはしてないはずだ」

「……この村の人は、ですか。なにも知らないというのは罪なものですねぇ」


 小太りな行商人が気障な物いいをするという気持ち悪い状況だけど、相手のスキル構成を見ると迂闊に突っ込みにくい。構成的には闇魔法主体の後衛型だから接近戦に持ち込めば……とは思うけど、あのレベルで【剣術2】があると接近戦でもちょっと分が悪い。


 うまく【闇術5】辺りを交換出来れば相手の戦力が激減するんだけど、僕のスキルじゃ最高でもレベル三。二レベル違うと確率は二十五%……正直試す気にもなれない。


「……知らないってなにを?」

「あなたは人魔族という種族を知っていますか?」


 行商人姿のアドニスはふんっと鼻を鳴らす。


「……聞いたことはある。昔話の中では魔族と呼ばれ、人族や獣人族、エルフやドワーフたちと対立して戦ったって」


 僕の答えを聞いたアドニスが堪えきれないというかのようにくくく、と笑いを漏らす。


「やはり、その程度ですか。まあ別に構いません、いまさら知って貰おうとも思いませんから。私たちが持っている私たち以外の種族を殺して殺して殺しまくるという正当な権利を行使するにあたってなんら問題はありません」


 は? 人魔族以外をただ殺すのが目的だってことか……なんでそんなこと……そんな、そんな理由にもならないようなもののためにイノヤさんやホクイグさんやネルばあさん、たくさんの村人たちは殺されたっていうのか……ふ、ふざ


「ふざけるな! この村の人たちが人魔族になにをした! 僕たちはこの辺境のさらに僻地のこの場所でただ一生懸命に生きてきただけだ! お前たちに殺される筋合いはない!」

「ん? ……まるで私が人魔族だと知っているかのような口振りですねぇ」


 し、しまった……こいつ僕の怒りの声には全く反応を示さなかったくせに、変な所は聞き逃さないとか……なんて嫌な奴だ。しかもどこか余裕ぶっていた雰囲気がいつの間にか変わっていて粘りつくような殺気が押し寄せてきている気がする。


「は、話の流れから考えれば、そういうことだって僕みたいな子供でも分かる!」


 一応、成人はしたけどこれで誤魔化されてくれるなら子供の振りくらいはなんでもない。


「なるほど……きっと随分といい【鑑定】をお持ちなのですねぇ。私の【偽装】は普通の【鑑定】では見破れないはずなのですがね」


 そう呟いて口の周りを長い舌で舐めたアドニスの姿が小太りの行商人から背が高く細身で青黒い肌、頭から生えた羊のような2本の巻角、赤い瞳という異形の姿へと変貌する。いや、これが本来の人魔族としてのアドニスの姿なんだと思う。【偽装】していた姿形を解除しただけだ。


 そして、この姿を僕に晒したということは万にひとつも僕を生きて返すつもりがないということだろう。


「変わったスキルの持ち主や尖ったスキルの持ち主は優先的に排除しておくにこしたことはないですからねぇ。確実にここで処分しておきましょう……がぐぇ!!」

「え?」


 膨れあがる殺気に戦闘は避けられないと覚悟を決めて、槍を構えようとした僕の顔の横を何かが物凄い勢いで通り抜けた。と、理解したときには対峙していた人魔族が胸元の辺りに何かを受けて吹っ飛んでいった……木造の西門を突き破っていくほどの勢いで。


「あれって……香炉?」


 一瞬だけ見えたそのなにかは、ついさっきスルーしてきた香炉のように見えたので香炉があった辺りを振り返ってみる。


『きゅん!』


 そこには硬くした耳を地面に突き刺し、後ろ足を蹴り上げた状態で愛らしく鳴く相棒の姿があった。


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