第14話 消えない傷の鎮魂歌③
――ああ。
肺が、なにかに掴まれたようで、私は浅い呼吸を繰り返した。
自分の息の音が、ばくばくと鳴る心臓の音が、耳の奥で煩いほどに鳴り響く。
手記は、全滅したという新人騎士のひとりが書き記したものだろう。
死にたくない。
その言葉を最期に、恐らく……その騎士は。
「……騎士で隊長となれる者は限られる。少なくとも数年は己を磨いている奴が率いていたはずだ。重ねて、若い騎士にとって隊長命令は絶対で、逆らえば騎士の身分を剥奪されることもある」
アストが、腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
その表情からは、感情を読み取ることができない。
「でも……でも、アスト。この隊長は、新人に討伐を命じて、自分だけ逃げたんだよ……ね?」
思わず言葉にしたけど、自分の声が震えているのがわかる。
アストは黙っていたけど、否定しないことが、なによりの肯定に感じた。
ひどいよ。部下を置き去りにするなんて。
「くそっ、汚ぇ奴……! その隊長、炙り出して斬りきざんでやる!」
「落ち着いてよランス。そんなことより、魔物をなんとかするほうが先でしょ」
再び噛み付いたランスに、メッシュがぴしゃりと言い放つ。
いつもの、子犬のようなきらきらした紅い瞳や溌溂とした笑顔は一切なく、彼は大人びた冷静な態度で、ゆっくりと瞬きをした。
ランスは彼の様子に、怒らせていた肩を下ろす。
「……くそ」
「貴方は感情的になりすぎますわね。……でも皆、内心では腸が煮えくりかえっていますことよ。安心なさいランス」
ウイングはそう言って、ルークスを見た。
「ルークス。貴方がその手記を持っているということは、その隊長が誰かは知っていますのね?」
「ああ。……そっちは、騎士団がなんとかする。メッシュ、菱形の体を持つ魔物に心当たりはあるか」
「考えてたんだけど、全然わからない。少なくとも、この国にはいない魔物ってことになるよ」
メッシュの返答に、ルークスは口元に右手を当てて、数秒黙り込む。
そして、腕を組んで黙っている騎士に目を向けた。
「アスト」
「わかっている。騎士団でもう少し調べてくる」
「いや、俺も一緒に行く」
「なら、急ぐぞルークス」
「――翼竜はいつでも飛べるよ、ふたりとも。僕、呼んでくる」
黙って聞いていたメッシュがふたりに声をかけ、先導して扉を開けた。
ルークスとアストは無言で頷いて、踵を返す。
「夜には戻る」
そう言ったルークスの白い上衣が扉の向こうに消え、所長室には沈黙が下りた。
――相手にするのは、未知の魔物。
全滅したという騎士のためにも、私達でなんとかしないと。
「杞憂だと……いいのですけれど」
拳を固めた私の耳に、ウイングの呟きが聞こえた。
******
その夜、ルークスとアストのいない夕食を終え、お風呂に入って部屋に戻った。
でも、眠りが訪れる気配はなく。
仕方なくふらふらと庭園に出てきた私は、頭上に広がる星空に目を奪われた。
余計な明かりはなく、ただただ静かで暗い空間。うっすらと漂うのは花と草、それから土の香り。そのなかで見上げた空は、淡く光る細い月の周りで星が幾重にも瞬いて、すごく綺麗だった。
……この空を、新人騎士達はどんな気持ちで見ていたんだろう。
見たこともない魔物に、どれほどの恐怖を覚えただろう。
未来を夢見たはずの騎士達を思って……魔物が、憎いと思って……悔しかった。
なんで、こんなことになっているんだろう。
私達、王立魔法研究所と騎士団が協力したら、もっと違った結果があったんじゃないかな、なんて考えてしまう。
そのために、この研究所が設立されたんじゃないのかな……って。
そもそも、その魔物達は、どこから……。
不意に、心臓のあたりがぎゅーっと痛くなった。
討伐対象の魔物は、この国にはいないものだとメッシュが言っていたよね。
つまり、魔物は国の外から来たことになる。――なら、どこか。……そんなの、ほかの国に決まってるじゃない。
侵略。
その二文字が脳裏を過ぎったとき、不意に後ろから声がした。
「あれ、デュー?」
「ひゃ……っ! あ、メッシュ?」
びくんと肩を跳ねさせながら、できうる限りの速さで振り向いた私の目は、暗闇のなかこっちに歩いてくる小柄の少年……もとい、青年の姿を捉える。
「どうしたのメッシュ? 眠れない?」
思わず聞くと、表情がよく見える位置までやってきた彼は、思いっ切り苦笑した。
「ええ? それ、僕の台詞だよ~?」
「え、あ、そっか」
確かに、ここには翼竜がいる。メッシュがお世話しに来たんだとしたら、私がいるほうが変だよね。
なるほど、と納得していると、
「……それじゃあ、改めて。どうしたのデュー? 眠れないの?」
メッシュはにっこりと微笑みながら、小首を傾げてみせた。
ほんわかした彼の声に、私も頬を緩ませる。
「うん、実はそうなんだ。だから、少し夜風に当たりに来たの」
「そっか! じゃあ、少しだけお話しようー。こっちにどうぞ~」
メッシュはするすると私の隣を通り、手招きをした。
断る理由はない。私は彼のあとに付いていき、言われるがままに噴水の前にあるベンチに腰掛ける。
さらさらと水が流れる音。引かれた水路に流れ出す水が、縁に当たってちゃぷりと跳ねた。
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