第13話 消えない傷の鎮魂歌②
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そうして、私がミミズ討伐をひとりでも熟せるようになった頃。
懸念していた事態が、現実となった。
――昼を少し回り、研究員全員が集められた所長室で、ルークスは中央の机にこれでもかという数の資料を広げ、その上にバンッと両手を叩きつけた。
「……やっぱり、こうなったな」
私たちに与えられたのは、魔物の討伐依頼。
街道に現れ始めたという魔物によって、各地での被害が、かなり広がっていたのである。
最初に依頼書を読んだルークスは、ぎり、と音が聞こえそうなくらいに歯を食いしばり、こう言った。
「派遣された騎士団の小隊が、全滅したらしい。俺たちに、その穴埋めをしろって内容で……。その小隊は、全員がまだ入団して一年の新人騎士だった」
……その言葉が、痺れるような感覚を一瞬だけ伴って、理解に変わっていく。
全滅したってことは、その騎士達は……。
暗い気持ちが、じわりと心に満ちる。
そもそも、危険な討伐に新人だけを向かわせるなんて、どうかしてる。そんなの、誰にだってわかることなのに!
「ふん。そんな奴等まで引っ張り出すくらい人員不足なら、すぐに俺達に依頼を出したらよかったんだ! どうせ騎士団の奴等が俺達を嫌がったから遅れたんだろ?」
ランスがはっきりとした嫌悪を顔に出し、声を荒げる。
聞いていたアストが、冷ややかな視線をランスへと向けた。
「すぐ噛み付くのはよせ。同じレベルに立ってどうする」
「…………だってよぉ」
ランスはむすりと唇を尖らせて、ソファの背もたれにどかりと体を預けた。
革張りのソファが、ランスを受け止めてぎしりと軋む。
「それで所長。場所はどこなの?」
メッシュが続きを促すと、ルークスは広げた資料のうちのひとつ、大きな地図に、いくつものピンを刺し始めた。
「赤がまだ討伐未完了の魔物、青は討伐済みの魔物だ。緑は、討伐後に空気中に溶けた魔物だ。……俺達は、ここ、王都からかなり東に行ったところの魔物を叩く」
王都から延びる主要な街道は勿論、町と町を繋ぐ細い街道にまで、次々とピンが突き立っていく。
その間、ルークスは酷く切羽詰まったような顔をしていて、たぶん気付いているのであろう皆は黙っていた。
やがてルークスの手が止まり、私は、とにかく魔物の場所を見ようとウイングと一緒に上半身を乗り出す。
「……こんなにたくさん魔物がいますの? それも、討伐依頼がくだるほどの強さなのでしょう? おかしすぎますわ」
ウイングが眉をぎゅっと寄せ、右頬に、右手の細い指先を当てる。
シルクのような髪が、資料を覗き込む彼女の肩を滑っていった。
「正直、なにが起こっているか全くわからない。この討伐では、細心の注意と最大限の警戒を忘れるな。できうる限りの準備をしてくれ。――明日の朝に発つ」
ルークスはウイングには応えずに、それだけ言って資料を手に取って纏め始めた。
やっぱり、なんていうか、張り詰めた空気を、ルークスから感じる。
……なにかあったのかな。
心配になって、言葉を探していたとき。
「ちょっと待てよルークス。魔物はどんな奴なんだよ?」
声を上げたのは、ランス。
彼はすっかりソファに預けていた体をがばりと起こして、右手の人さし指をルークスへと突き出した。
「なんかお前、変だぞ? なにをそんなピリピリしてんだよ」
「……!」
ルークスは一瞬だけ目を見開いて、すぐに伏せた。
「確かに変ですわ。私たちにも話せないということですの?」
「それは僕、ちょーっと寂しいなあ。ね、所長?」
「……機密事項なのか、そうでないのか、はっきりしろ」
ウイングも、メッシュも、アストも次々と言葉を続ける。
私も、ぎゅっと拳を握り締めて、あとに続いた。
「ルークス。話せるなら、聞かせてほしい」
ルークスは、纏めた資料をそっと机に置いた。
同時に、ふーっ、と息を吐き出して、彼は私たちをぐるりと見回す。
その眼は、いまは戸惑いに揺れているようだ。
「……悪かった。そんな簡単に感情を出すつもりは、なかったんだけど……隠せないもんだな、本当。――いいか、この先の話は、胸のなかに仕舞っていてくれ」
ルークスはそう前置きして、奥にある棚から、赤茶けた手記を持ってきた。
珍しい色のものだ。
黒っぽくもみえる赤茶色部分は、手記の上半分に広がっていて、まるで染みのような……。
そう思って、私は両手で口元を覆った。
「……ルークス、それ……まさか」
「ああ。血だ。……依頼書とは別に、違うルートで受け取ったものなんだ。内容を読むぞ」
しっかりとした口調で、ルークスは血だと言い切る。
私は、息を詰めたまま、ルークスの手の中にあるその手記から、視線を逸らせなくなった。
いったい、誰の血なのか。染みついて固まったページは、ルークスによってゆっくりと開かれて、読み上げられる。
「監視四日目。魔物が動いた。菱形の体は、今日も細く尖った部分(最下部)から伸びた三本の根によって地面に縫い付けられていたが、その根がゆるりと波打ち、歩くようにして移動を始めた。……その先は、ハルカセンの町だ。隊長に指示を仰ぐ。
監視五日目。変だ。魔物が、なにかを探しているように見える。つるりとしていて、黒く艶めいた体が、赤く明滅している。……隊長からは、明日、討伐を開始する通達があった。
監視六日目。ちくしょう、あれが騎士か!? 隊長は、俺達だけに討伐を命じ、自分だけ『定期報告』とやらに向かった。有り得ない。……生き残る。生き残る。生き残る。生き残る! こんなところで、死んでたまるか!」
ルークスはそこまで読み上げて、一瞬だけ唇を噛んだ。
呼吸を整え、彼はそっとページを捲る。
ぺら、と、音がした。
「……魔物が明滅したのは、仲間を呼ぶためだったんだ。あれはなんだ? 見つかったらやられる」
…………。
胸が、きゅっとした。
ルークスはここで息を止め、メモはここまでだと言った。
そして、「ただ最後に、ひとこと書きなぐってある」と続けたあとに、少しだけ間を開けて、呟く。
「しにたくない」
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