第12話 消えない傷の鎮魂歌①

******


 私の雷で、ミミズはすっかり警戒して身を潜めてしまった。


 6体の巨躯が横たわっていたのを、ルークスが炎で炭にして今日は解散となる。


 ちなみに、いつもは30体は狩るそうだ……。


 本当に申し訳なくてたまらない。


 ぼんやりと研究棟へ戻る間、ルークスには所長室まで呼び出される始末。


 うう、情けない……。


 ……私は1度部屋に戻り、顔を洗った。


 身だしなみを整えてからルークスを訪ね、所長室をノックすると、どうぞと声がする。


「失礼します……」


 ルークスはしょぼくれた私をどう思ったのか苦笑して、ソファに座るように言った。


 しばらくして……。


 ことん。


 テーブルに置かれたのは……ホットミルクと、焼き菓子?


「……えっと?」

「ふふ、驚いたか?」


 燃えるような赤い髪をわしわしして、彼は隣に座る。その手には自分用のカップもちゃんと持っていた。


「おつかれ、まずは温かいうちにどうぞ?」


「……えと、あの?」


「俺からのお詫びみたいなもんだからさ」


 困惑する私をいたずらっぽく見ている、宝石のような翠の瞳。


「そんな、ルークスは何も……ごめんなさい、取り乱しちゃって、制御もきかなくて」


 いたたまれなくて俯き、私は言葉を探す。


 ルークスは慰めようとしてくれているのだ。


 気付いて、あまりの情けなさにどうしようもなくなる。


「いいよ、お前の魔力がどれ程か、確認も取れたしな。俺達にとって、十分すぎる情報だったよ」


「……情報?」


「そう。一緒に戦うんだからさ、お互いの戦い方や魔法の使い方は知っておくべきだ。デューも皆を見てたろう?」


「うん……」


「ならよし。まあ、制御できなかったのはこれから練習するぞ。ああいう気持ち悪い形の魔物に対する免疫もつけてもらうからなな?」


「う、ごめんなさい」


「はは、よしよし」


 ルークスの大きな手が、私の頭をぽんぽん、と撫でていく。


 私は驚いてルークスを見た。


 そ、そんなの、両親にしかされたことがないんだけど……?


 いきなりすぎやしませんか。


「どうした?」

「王都ではこういうの、普通なの?」


 ルークスは私を見て、私の頭に手を乗せたまま「?」という顔をして首を傾げてみせた。


 そして、ぴたりとその動きが止まって……。


「あー……まずかった、かな」

 と、万歳をして、続けた。


「――ええっと。他の皆はそれぞれ最初から魔法を使ってたんだ。デューみたいに、魔法を隠していたことがないんだよ、俺達は。隠さなきゃならない現実をなくそうとしてるけど、デューが一生懸命にやってるの見ると、こういう人を守っていこうとしてるんだってちゃんと思えるから、つまりはその労いのつもり、だったんだけど……」


 しっかりと説明してくれるルークスに、私は思わず笑ってしまう。


「悪くはないけど……あんまりしないほうがいいよ? それともルークスにとっては普通のことなのかな?」


「ふっ、普通ってことはないさ勿論! ただ……」


「ただ?」


「こう……妹ってこんな感じかな? と……」


 少し照れたのか、彼は頬をかくとミルクを飲んだ。


 私は苦笑を返して、正直に口にする。


「私はむしろ、ルークスみたいな素直な弟がほしいなぁ」


 けれど、ルークスには不満だったらしい。


「どう考えても、俺のほうがお兄さんらしくないか?」


 私達はお互いに笑うと、他愛もない話をして過ごした。


 少しだけ、ルークスとの距離が近付いた気がした。


******


 それから1週間、特別メニューとして、私はルークスとひたすらミミズ狩りをした。


 気持ち悪いのは直しようがなかったけど、冷静さを保てるくらいには成長した……はずだ。


 ――そして、草原に転がる、ついさっき倒したばかりのミミズ達を見ていたとき。


 いつもならここで帰るのに、ルークスがいたずらっぽく口元を緩めた。


「デュー、ちょっとだけ本気見せてやるよ」


「本気?」


「うん。……後ろにいてくれるか? 結構熱いから」


「え? あ、はい」


 なにかわからなかったけど、魔法の本気ってことかな。


 背中側に移動した私をちらりと確認して、彼は右手を前に伸ばした。


 ――瞬間。


 彼の手のひらに宿った炎が、一気に大きく広がった。


 煌々と燃え上がる炎は、紅を通り越して白っぽくなり、顔が灼けそうな程の熱を帯びる。


 私は思わず数歩後退って、腕を顔の前で交差した。


「…………燃えろ」


 囁くようなルークスの声。


 彼の掌の炎は、前へとかざされた瞬間に渦を巻き、草原を呑み込むかの勢いで広がった。


 ゴッ――バアァァァンッ!


「ひゃ……!」


 転がっていた全てのものが――草が、石が――あっと言う間に見えなくなって……消える。


「あ……あぁ」


 残ったのは、熱と、黒くなった大地。そして、燻る紅い炎の欠片だけ。


 私は、呆然とその光景を見つめた。


 これが……王立魔法研究所の所長、ルークスの魔法。


 他人が使う魔法を、私はほとんど知らない。


 でも、いまの魔法が異様だってことは、わかる――わかってしまう。


「……ふう。こんな感じ」


 爽やかに言ってのける王立魔法研究所所長に、私は思わず聞き返した。


「――あのう、今のでちょっとだけ?」


「ん? ……そうだな、五割くらいか?」


「……す、すごい」


 五割。

 つまり、これでたったの半分ってことでしょう?


 私は唇を引き結び、目の前に広がる焼け野原をぐるりと見渡す。


 ここは、剣の国だけど。


 この魔法を細い剣で凌ぎ、戦うことなんて……できないんじゃないかな。


 それなら、魔法研究が進んでいると言われている他国から、この国はどう見えているのか……。


 思い描いた未来は、決して明るくない。


 きっと、ルークスや皆は、そんなのとっくに気が付いている。


 そして、この魔法研究所を建てた、王様も……。


「よし。目的は達したから、帰ろう」

 ルークスがぱん、と手を打って、私は我に返った。


「う、うん!」

 私は、既に歩き出した彼の背中を追いかけ、自分の目標をしっかりと思い返す。


――私は、魔法で……誰かを守る人になるんだ、と。


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