第11話 未知の魔物と歩み寄りの狂想曲④

 辿り着いた実戦場には、既に皆の姿があった。

 広がる草原。足首ほどの高さの草が小さな花を咲かせ、疎らに生えているだけの場所だ。


 そういえば、皆の戦う姿なんて見たことないな。


 ここに来てからも実戦なんて皆無で、魔法は使わずに、施設の説明や使用している器具の確認ばかりしていたからだ。


 私も長らく魔法を使ってなかったし、戦うことに少し不安はある。


 アストは大丈夫って言ってたけど、どんな魔物なんだろう?


 広い草原の手前にルークス、ウイング、ランス。奥の方にメッシュが立っていて、私とアストに気付いて手を振ってくれる。


 魔物の姿はなく、私はきょろきょろと辺りを窺った。


「そろったな! それじゃあ始めるぞー」


 ルークスが場違いな楽しそうな声をあげる。


 すると、皆それぞれが即座に戦闘態勢になった。


「え、え?」


 なんで? どういうこと?


「メッシュ! いいぞー!」


「はぁ~い! それじゃあいくよ~」


 ルークスの声に、メッシュが何かを投げたのが見える。


 それが地面に落下して、かしゃんと割れたような音がして。



 ……事態は、最悪な方向に向かった。



 ず、ごごご。


 遠くから地鳴りのような音が、こっちへ向かってくる。


 剣を抜いて構えているアスト。両手に水の球を浮かべたウイング。風を纏ったランス。


 ルークスは腕組みをして、それを眺めていた。


 そこにメッシュが小走りに戻ってくると、地鳴りはすぐ目の前。


 ぼこぼこっと地面が盛り上がって、姿を現したそれは……。


「み、み、みみずーー!?」


 思わず、叫ぶ。


 ぬらぬらと光る躰には、どうもびっしりと毛が生えているらしく、なめらかに光る。


 色は……真っ黒だった。


 そしてなによりその大きさ。


 顔? を出している部分だけでも優にランスくらいあって、その太さは両腕を回して入りきるかどうかだろう。


 ――そして、心の準備をする間もなく、戦闘が始まった。


「それーいっくよ~!」


 メッシュが地面に右手を叩きつけると、そこから土の槍が幾重にも突き出してくる。


 ズドドドッ


 串刺しにされたミミズは、こともあろうに咆吼するじゃないか!


 ブオオ! という、低い音が耳に重く響くと同時に、一刀両断、ランスの風の刃がミミズを真っ二つに切り裂く。


 ずどんと落ちたミミズからは体液が溢れだして……う、気持ち悪い……。


 勿論、そこで終わるわけがなかった。


 アストは言ってたのだ。繁殖力の強い魔物を定期的に駆除しているって。


 つまり……。


「き、きゃああーーーっっ!」


 ぼこぼことあらゆる方向から地面がせり上がる。


 次々に出てくるのはミミズ、みみず、ミミズ、みみず!


「次は私ですわ! いきますわよ!」


 ウイングの両手から水の球が放たれる。


 それは上空に舞い上がったかと思うと、水の楔を次々に放出。


 頭? を出したミミズ達を撃ち抜いて、のたうちまわらせた。


 その間にアストが間合いを詰め、次々に斬り伏せていく。


 私は戦慄を抑えられず、立ち尽くすしかなかくて。


 そこに、ルークスがやってくる。


「デュー、とりあえず落ち着けるよう、ゆっくり呼吸して。こういう魔物も多いから、慣れてもらわないとで……」


 しかしその言葉が終わらない内に、その後ろからずずず……とミミズが這い出してきて……私の何かの糸がぷつりと切れた。


「ひっ……いやぁあああぁーーーー!」


 バリバリバリッ


 耳をつんざく雷の音。


 かざした両手から迸る青白い電流は、昼間だというのに辺りを青く、白く、直視できないくらいに染め上げた。


 巨大な塊となって帯状に溢れる雷は既に制御できず、私の腕から、とめどなく放たれる。


 正直、そこに皆がいたことすら意識から吹き飛んでいて……ううん、自分の意識すら、途切れてたんだと思う。



 バチバチッ……バババッ



「……! ……っ、デュー!」


 その声が耳元で言葉となり、認識が生まれ、私の腕を温かい手が掴むまで、魔法は止まらなかった。


 それがルークスだとしっかりわかった時、私の腕からの光が霞んで、ふわっと空中に溶けていく。


 かわりに、なぜかぶわーっと涙が出てきて……。


「うぉあっ! でゅ、デュー? わ、わ、大丈夫か? 痛くないか?」


 しどろもどろになるルークスは私の頬を両方から挟み込んで、困惑顔で覗き込んだ。


「わかる? 俺のこと」


「わ、わかるぅ、ううー」


 引っ込むどころかさらに溢れてくる涙は、ルークスをますます混乱させたらしい。


「だ、大丈夫か、痛いか? だるくはないか? それからええとっ……ああーー、ほら、よしよし」


 いきなり、袖で私の顔をごしごしと擦りだしたルークスに、私は悲鳴を上げた。


「い、いたい、痛い――る、ルークス!」


「! 痛いのかっ、どこだっ? 腕か、足か?」


「いや、どう考えても顔だよ所長……」


「えっ? あっ、ごめっ……とと」


 そこでメッシュがルークスを押し退けて、にっこりしてくれる。


「もう大丈夫だよ~魔物はみんないなくなったからね~」


「デュー! かわいそうに、驚いたんですわね、ルークスにはきつく言い含めますわ」


 ウイングが横から飛びついてくる。


 や、柔らかくてあったかい……!


 やわやわな彼女から花のような香りがして、ほっとしたのか涙は引っ込んだ。


 同時に、はっきりと我に返った私は、猛烈な恥ずかしさと罪悪感に襲われる。


 ど、どうしよう泣くとか!


「お前、魔力は尽きてないか? だるかったりは?」


 ランスがその後ろから顔を出して聞くので、私はウイングをくっつけたまま両方の手のひらを向かい合わせ、間に雷を奔らせた。


 魔力が尽きる感じはしない。まだまだ魔法は撃てそうだ。


「ご、ごめんなさい、自分でも驚きすぎて……取り乱したけど、大丈夫」


 すると今度はしょんぼりと肩を落としているルークスの隣で、アストが頷いた。


「ほう、あれで魔力が尽きないのか。これは戦術に役立ちそうだ」


 それを聞いたウイングが肩を怒らせる。


「まあ! 貴方、まずは心配なさい?」


「ふん、本人が倒れてない以上、何を心配しろと? 魔物はおぞましい容姿のものがほとんどだぞ? 毎回これでは困る」


「そ、それは……いえ、それでもですわ! まずは心配!」


「……あぁ、また始まったよ。喧嘩するほどなんとやら」


 ランスの突っ込みに、アストとウイングはじろりと彼を睨んだ。


「仲良くなんかないな」

「仲良くなんかないですわ」


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