45 エピローグ 花言葉 私は、あなたのことが大好きです。
エピローグ
花言葉
遠野雨。大学四年生の夏。
「ただいまー」
遠野雨は、久しぶりに東京にある大学の女子寮から電車とバスを乗り継いで、自分の生まれ故郷である山奥にある田舎の街に帰ってきた。
赤い鳥居をくぐり、長い石階段をのぼって、自分の実家である遠野神社の隣にある家の中に入ると、「あ、おかえりー。 東京暮らしはどうだった?」といつものように(久しぶりの再会だというのに)姉の遠野雪が台所から顔を出して、雨に言った。
「別に普通だよ。いつもと変わらない。それより、お父さんは?」
「神社の本殿で、お仕事中」
雪は言う。
「わかった」
そう言って、雨は遠野の家の中に入ると、四年の間、からっぽにしていたために、なんだか懐かしい感じのする自分の部屋に移動をして、そこにずっと持ってきた大きな白色のボストンバックを置いて、それから一階に移動して、姉の雪と少しだけ、たわいのない世間話をした。
姉の雪はなんでもない、と言ったような雰囲気だったけど、雨にとって、久しぶりの姉の雪との会話はすごく楽しかった。
それは、すごく幸せな時間だった。
「雨。今日はお母さんに挨拶はしないの?」自分で淹れたお茶を飲みながら、雪が言う。
「えっと」
雨はまず、雨のお父さんに挨拶をして、そしてある大事なことを報告をしてから、そのあとで、お母さんにその大事なことを報告するついでに、ただいまの挨拶をしようと思っていたのだけど、……こうして待っていても、お父さんの仕事は、もう少しかかりそうな雰囲気があったので、「うん。今からしてくる」と姉の雪に言って、それから台所を出て、お母さんの仏壇がある家の奥の部屋まで移動した。
「いってらしゃい」
とテレビを見ながら、雨に手を振って、姉の雪が言った。
「ただいま。お母さん」
お線香をあげて、両手を合わせてお母さんの写真に拝んでから、雨は言った。(写真の中のお母さんは、もうずっと若いお母さんのままで、もう少ししたら、雪や雨のほうがお母さんより年上になってしまうかもしれないな、と雨は思った)
「なんとか無事に帰ってくることができなした」
雨は言う。
それから雨は座布団の上で姿勢を正して正座をしてから、「ううん」と一度咳払いをする。
「えっと、今日はお母さんに大事な報告があります」
と雨は言った。
それから雨は、自分が東京の大学を卒業してから、向こうで就職はせずに、遠野の土地に戻ってきて、正式に遠野神社のあとを継ぐつもりでいること(遠野神社の跡は雨が継ぐということは、姉の雪と相談して、姉妹の中では、もうずいぶんと前から決まっていたことだった)。
そして、そのことを了承してくれた上で、水瀬守くんと、東京の大学を卒業したあとで、この遠野の土地で結婚をする、ということを丁寧な言葉で伝えた。
水瀬くんは遠野神社に婿として、嫁いでくれるらしい。
(水瀬くんのお父さんも喜んでくれているようだ)
雨は、そこまで水瀬くんのことを遠野神社の伝統の中に巻き込みたくはなかったのだけど、水瀬くんは、「別にいいよ。雨と結婚するっていうことは、そういうことだってことは、もうずっと昔から、知っていことだから」といつもの優しい顔で雨に言った。
「自分でよく考えて決めたことです。お父さんも、お姉ちゃんも、きっと喜んでくれると思います」
雨は言う。
「今日まで、本当にありがとうお母さん。これからは、私はこの遠野の家を守ります」
雨はお母さんの写真の前で、頭を下げてそう言った。
「雨ー。お父さん帰ってきたよー」
姉の雪の声が聞こえる。
「はーい。今行きまーす」
雨は後ろを振り返って、姉の雪にそう大きな声で返事をした。
でも、それから、すぐに二人の元には移動しないで、少しの間だけ、遠野雨は自分の母親である若くしてこの世界からいなくなってしまった、遠野花の写真をじっと見つめて、時間を過ごした。
「ありがとう。お母さん」
雨は言う。
雨はじっと、遠野花の映った写真を見続ける。お母さんは写真の中でずっと幸せそうな笑顔で雨に笑いかけてくれていた。
「雨ー!」
「はーい」
雨はもう一度、雪の声に返事をする。
「じゃあ、また、あとでね。お母さん。ばいばい」
そう言って遠野雨はもう一度、お母さんの写真に頭を下げてから、笑っているお母さん(遠野花)の写真の前を足早にあとにした。
……これから久しぶりに、遠野東中学校時代のみんなと同窓会で会う予定になっている。それが今から、すごく雨は楽しみだった。
時期。花の咲く場所。
私は、あなたのことが大好きです。
遠野 終わり
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