5-106 Judgment Day(2)

「シャイン・グラヴェール」

「はい」

「そなたはこの件の当事者でもある。特別に証言を許可する」

「ありがとうございます」


 シャインは深々と頭を垂れ、再び顔を上げた。


「こ、公爵閣下……!」


 アリスティド公爵が海軍卿達を黙らせるため木槌をカツンと鋭く鳴らした。


「審議を再開する。それではシャイン・グラヴェールへ問う。殺し屋に襲われたのは本当なのか?」

「それは……後でそういう事があったのだと……」


 シャインは口籠った。正直シャインにはわからなかったのだ。

 自分が殺し屋に命を狙われていたことを。

 ふんと鼻を鳴らしトリニティが呟く。


「おやおや? 父親と言い分が違うみたいではないか」

「アリスティド公爵閣下! 僕が証言します」


 挙手をして席を立ったのはミリアスだった。


「黙って座らんか。今証言しているのはアドビスの息子の方だ」

「いいえ」


 ミリアスは立ち上がったままエスクィアの野次に鋭利な視線をくれた。


「彼は――シャイン・グラヴェールはのです。自分が殺し屋に命を狙われていたことを。だって、彼の背後であの男が銃で狙いを定めていたのを、僕が見たのですから」


「なっ――」


 ミリアスに野次を飛ばしたエスクィアが肝を潰したように喘いだ。

 アリスティド公爵も驚きに両目を見開き、ミリアスを凝視している。


「ルウム中尉。お前は、シャイン・グラヴェールが殺し屋に狙われていた現場を見ていたのかね!」


「はい。公爵閣下。もうひと月前になりますが、僕は彼の姿を見かけて大聖堂の墓地へ行きました。ノーブルブルーの悲劇の真相を、どうしても彼の口からきかせてもらいたかったのです。その時に、彼を尾行する不審な男をみかけました。その男はグラヴェール艦長の背後にある木陰に身を潜め、墓地で祈りを捧げる彼の背中に銃の狙いを定めていたのです。だから僕は、姿を現して彼を狙っていた男を追い払ったのです」


 ミリアスはシャインの顔を一瞥してうなずいた。


「その後、グラヴェール艦長は司法局の召喚に応じませんでした。が、それはグラヴェール中将閣下が、僕が語った殺し屋の人相と、アリスティド公爵邸から彼の身柄を引き取りに来た司法局の役人の人相が、同じであることに気付かれたからです」


 アドビスが黙って挙手した。

 アリスティド公爵は頷いた。


「シャインを連行しに来た役人の名前はラビエルといい、司法局に問い合わせたが、そのような名の職員はいないと回答をラハス局長からもらっております」

「ちょっとよろしいかな」


 怒りのあまりか、顔を赤くさせてエスクィアが発言を求めた。


「グラヴェール中将は、我らが『ノーブルブルー襲撃事件』の真相を貴官の息子に証言させるのを恐れて、そのような殺し屋を雇ったというのか? 貴官の息子が他の誰かから恨まれていたのではないのか?」


 アドビスは涼しげな顔でエスクィアを見つめた。

 青灰色の瞳は蔑むように喜色が浮かんでいる。


「アリスティド公爵閣下。この件でもう一人、証人を呼びたいのですが」

「証人?」

「それは一体誰だ?」


 エスクィアとオーラメンガーが騒ぐのをアリスティド公爵は木槌を叩くことで鎮めた。


「ここに来ているのか?」


 アドビスは頷いた。


「入ってもらおう」


 審議室の扉が小さなきしみ声をあげて開いていく。

 そこには一人の青年が立っていた。エルシーア海軍の濃紺の軍服をまとった黒髪の男。


「き、貴様は!」


 再びざわめいた海軍卿へ、証人として呼ばれた男――元エルシーア海軍統括将ノイエ・ダールベルクは、顔色一つ変えずにアリスティド公爵の前と進み出た。


「……アスラトルにきていたのか。ダールベルク」


 ノイエに海軍統括将の座を追われて、再びその椅子を取り戻したオディアル・アリスティドが意外なものを見たように驚嘆の声をあげた。ノイエはシャインとアドビスを一瞥して軽く頭を下げた。


「早速だが、そなたは何を知っている?」


 アリスティド公爵の問いに、ノイエは氷のように冷たい視線を細め口を開いた。


「ひと月前のことになりますが、私とディアナ様の婚約を祝う席にグラヴェール親子は来ておりました。だが会場はアリスティド公爵閣下のおわす館。官吏といえど許可なく中へ入ることはできません。当時私は参謀司令官で、当然、ミリアス・ルウム中尉がグラヴェール艦長を訴えたことを知っておりました。そこで、そちらにいるバスク・エスクィア中将から、一通の書状を受け取ったのです」


 そう言ってノイエは、意味ありげに軍服の懐から白い封筒を取り出した。

 海軍で日常的に使用されている事務用の封筒だ。


「その書状にはなんと?」


「はっ。シャイン・グラヴェールの身柄を司法局へ連行するため、アリスティド公爵邸の中に官吏が入れるよう、便宜を図って欲しいというものでした。その官吏の名前が、確かラビエル……」


「う、嘘だ!!」


 がちゃんと大きな音を立ててエスクィアが席を立った。


「嘘だと思われるなら書状をご自分の目で確認されるがいい。私はあなたの要望をきいて、だが、各界から招かれた多くの貴人方に捕物が気取られぬよう配慮して、結果、グラヴェール艦長はラビエルという官吏に連行された。私は彼と話をした。必要があるなら、司法局職員全員の面通しをしても構わぬ。まだここにいるとは思えないが、いたらすぐにわかる。以上で私の証言は終わります。アリスティド公爵閣下」


 ノイエは優雅に頭を下げて礼をした。


「うむ……では、エスクィア中将。この件で言いたいことはあるか?」

「勿論。私はそんな書状をダールベルクへ送った覚えはない」


 エスクィアは歯を噛みしめ両手の拳を固く握りしめていた。

 アリスティド公爵はノイエから提出された書状を自ら見分していた。


「……だが興味深い文面があるぞ。これは国王陛下と海軍の威厳を守るためであると。是非協力願うと書いてある。そなたのサインも入っておるぞ?」

「偽手紙だ」


 腕を組みエスクィアは不機嫌も露に鼻を鳴らした。


「だが、確かにタイミングは合っておるな。ミリアス・ルウムの起こした裁判で、グラヴェール艦長が証言すれば、我ら海軍卿が遺族に伏せていた、あの事件の真相は明るみになっていたからな」

「トリニティ」


 アドビスは発言したトリニティの皮肉屋めいた顔を見つめた。

 トリニティはアドビスへ意味ありげに唇を歪めると、その視線を今度はシャインへと向けた。


「グラヴェール艦長。海軍省での審問会でも念を押したが、そなたは裁判の場で、あの事件の真相を話すことはできなかったはずだ。あの事件の当事者として、遺族感情に配慮して、ひいては海軍とその長たる国王陛下の威光と信頼を国民から失わせないためにも――真実は決して口にしないと、そう誓約書に誓った通り」


 シャインはトリニティの半ば諦めたような、けれど何かを期待するような、老獪な狐を思わせるその顔を凝視した。


 トリニティの意図が読めない。

 けれどシャインは彼の発言のねらいが何か、それを察する余裕がなかった。

 いや。

 シャインは右手を上げて額に浮いた汗を拭った。

 誰に何を言われようが自分の気持ちは決まっているし、偽るつもりもない。


「トリニティ閣下。俺は――ミリアス・ルウム中尉の起こした裁判が始まっていたら、誓約書のことは忘れ、すべての事実を証言台で話すつもりでした。今もその気持ちに変わりはありませんし、反対に海軍の威光を守るために、国民に嘘をつき続けるあなた方を非難します」


 黙ってシャインを見つめるトリニティの隣で、オーラメンガー中将が顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「わ、我々を嘘吐き呼ばわりするとは何事だ! 馬鹿正直にすべてをなんでも公表すればいいってわけじゃないんだ!」


 シャインは証言台の縁を掴み息を整えると、オーラメンガーの赤ら顔を睨みつけた。


「あの事件の当事者はこの俺です。俺は誓約書にサインした自分の身を恥じています。俺は他ならぬご遺族のために、ファスガード号とエルガード号に乗って亡くなった方の最期を説明する義務があるのですから!」


「だから、それがいかんと言っているんだ! 何のために、かん口令を敷いて情報規制をしたのかわからんではないか」


「俺は自分の心に嘘はつけません。アリスティド公爵閣下、海軍を守るためとはいえ、領民の不利益たる情報を、意図的に隠すのは赦されるのでしょうか?」


 カツン!


「双方、そこまで」


 アリスティド公爵が眉間をしかめながら木槌を叩いた。


「ア、アリスティド公爵閣下」


 何か言いたげにトリニティが口を開いたが、公爵は首を横に振ってそれを却下した。


「双方の言い分は出尽した。これより判決を言い渡す」


 審議の場が静まり返った。

 アリスティド公爵は隣の弟オディアルと、グリンワルドの顔を確認して、厳かな声で判決を口にした。


「ノーブルブルー襲撃事件――これにおける海軍省の遺族への対応。私も不当であると思う。同時に海軍の起こした不祥事によって、長たる国王陛下のご威光をも彼らは傷つけた。よって、真相隠ぺいの指示を出した当時の海軍卿エスクィア、トリニティ、オーラメンガー、コルム、そして……」


 アリスティド公爵は証言台に立つアドビスへ視線を向けた。


「遺族の情報公開の訴えを、海軍統括将へ故意に上げなかったグラヴェール中将を有罪とみなし、現職から退陣することを命じる」

「おのれ、アドビス・グラヴェール! たばかったな!」


 オーラメンガーが立ち上がった。


「自分の罪も告白することで、我々も巻き込みおって!」


 エスクィアの声をかき消すように、木槌が再び重々しく振り下ろされた。


「控えよ。海軍卿ならそれらしい品位を保て。同時に、彼らが事件の当事者に書かせた誓約書もかん口令も無効とする。オディアル・アリスティド海軍統括将は、「ノーブルブルー襲撃事件」を再調査し、その結果を私と領民へ嘘偽りなく報告し、遺族へ謝罪と正当な補償を行うように命じる」


「承知いたしました」


 オディアルは兄公爵へ深く頷いた。


「これにて閉廷」


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