5-8 鉱物の気持ち
「おまたせ。完璧に仕上げたわよ」
マリエッタは紺色の
「マリエッタさん。とても素晴らしいです。ありがとうございます」
マリエッタは疲労感が漂う顔にうっすらと笑みを浮かべた。
「満足して頂けてよかったわ。ただ……」
「どうかしましたか?」
マリエッタは作業服の前掛けのポケットを探り、シャインが『宵の明星』を入れていた小箱を取り出した。
「石が大きかったら半分に割ったの。一方はブレスレットにはめたんだけど、残ったもう半分で指輪を作ったわ。気に入らなかったら売るなり処分して。石はあなたのものだから」
シャインはマリエッタから小箱を受け取った。蓋を開けると、淡い真珠色の金に透かし彫りを施し、石が星のように輝くよう多面カットされた『宵の明星』の指輪が入っていた。こちらの石はブレスレットのそれよりも淡い紫で、夕闇のようなグラデーションを描いて水晶の中に溶け込んだ色をしている。
「いいんですか?」
こちらの指輪の出来も大したものだ。驚いて顔をあげると、マリエッタが椅子に腰掛け、作業台に頬杖をつきながら口を開いた。
「手に入れた『
「お礼って、それを言うのは俺の方なのに」
「あ、間違えないで。その指輪は『あなた用』に作ったから」
「え?」
マリエッタが目を擦りながら、琥珀色をしたそれを鋭く光らせた。
「シャインさん。あなた、右手にブルーエイジの指輪をしているでしょ。本当はそんなもの外した方がいいって言いたいけど……」
シャインは右手をそっと上げた。その人差し指には何の装飾も施されていない古風な指輪がはまっている。母親の形見であるそれは、以前はもっと深い青味を帯びていたが、今は淡い青銀色をしている。
「どうしても無くしたくないんです。亡くなった母の形見なので」
シャインは唇をわずかに歪めて、作業台のランプの光に煌めく指輪を一瞥した。
「持ち主に災いをもたらす『災厄の鉱石』でも?」
マリエッタの顔は理解はできるが、納得できないと言わんばかりに硬い。
シャインは困ったように顔をしかめた。
「この指輪を帯びていて嫌な気持ちになったことはありません。寧ろ、俺は自分が護られている気がする。早世した母親の唯一残った形見だから、反対に身につけて欲しいって……そういう風に感じる。これって変ですか? やっぱり」
マリエッタは一言では言い表せない、怒りとも同情ともつかない複雑な表情をしながら溜息をついた。
「……まあ、あなたがそれをつけていて違和感を覚えないのなら……大丈夫かもしれないわ。ブルーエイジの塊で作った『船鐘』を積んで、荒れる海で有名な『極東海』も制覇して帰ってきたんだもん。
けれど過信はやめなさい。ブルーエイジは『負』の性質を持つ石。人の妬みや恨み、悲しみをあなたに引き寄せる。だけど反対の『正』の気を持つ石を一緒に所持していれば、その力は相殺される。
私はあなたのためになると思ってあの指輪を作ったの。お節介かもしれないけどね。でも、あなたが鉱山の闇の中で『宵の明星』に出会ったのは、ブルーエイジの持つ『負』の力とバランスを取るために、かの石が呼んだのかもしれないわ」
マリエッタはおもむろにシャインの右手を取ると両手で握りしめた。
触れるのも嫌だというブルーエイジが、そこにあることを意識しながら。
「忘れないで。最も深い闇の中にこそ、求める光が見出せることを。明るい光の中では、探し求める光が隠されてしまう事を」
「マリエッタさん」
マリエッタがあまりにも真摯な瞳で自分を見つめるので、シャインは彼女が心の底から心配してくれることを感じた。
「なんか、随分気を遣ってもらって恐縮です。じゃ、お守り代わりに指輪はありがたく頂戴します」
シャインは右手の薬指に『宵の明星』の指輪をすべらせた。
人差し指にブルーエイジの指輪があるので、隣接する中指にはめようと思ったが、色合いが水色と薄紫なので、一本間を空けた方がいいと思ったのだ。
「これでいいですか?」
マリエッタはゆっくりと頷いた。
照れたように視線をシャインの顔から逸らす。
「ごめんなさい。何か、馬鹿みたいね、私。変なことばっかり言って……」
「いえ。俺はそうは思いません。上手く表現できないんですが、マリエッタさんはまるで鉱物の気持ちがわかっているような気がします」
シャインは席を立った。そろそろグラヴェール屋敷に戻らなくてはならない。
シャインを見送るため、扉に近付いたマリエッタが振り返った。
「グラヴェール船長、それは『金属加工職人』として絶対必要な感性なのよ。鉱物と付き合っていると、何となくわかるの。この石は指輪にしてやればいいのか、あるいは金と組み合わせてやればいいのか、っていう風にね。だから、抜き身の刃のような、ぎらぎらとした恐ろしい気を持つブルーエイジだけを身につけるのは危険だと感じたの」
「そうですか……」
シャインは依頼していたブレスレットの箱を鞄に収め、扉を開いたマリエッタにそっと頭を下げた。
「いろいろとお世話になりました。マリエッタさん。では用事があるので、今日はこれで失礼します」
「シャインさん。しばらくアスラトルにいるの?」
「ええ。いるにはいるのですが……」
シャインは休暇が今月で終わることをマリエッタに告げた。
「そう。本当は人を遣って日記を取り寄せようと思ったんだけど、鉱石の調達もしたいから、私は王都へ帰るわ。実家に寄って日記を手に入れたら連絡するから。それでいいかしら?」
「ありがとうございます」
マリエッタは肩で切りそろえた茶色の髪を揺らし、意味ありげに微笑んだ。
「そうそう、シャインさん。あの贈り物のブレスレットとあなたの指輪。一つの石を分け合ったから、ひょっとしたら『再会』の力が働くかもよ」
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