4-108 来客


 ◇◇◇



「当主、シャイン様。お客様がおみえでございます」


 岬から屋敷の庭園に戻ると、執事のエイブリーが来客を告げた。

 急かされるまま客間へ行ってみると、そこには航海服姿のジャーヴィスとリーザが待っていた。二人は椅子から立ち上がり、アドビスとシャインへ一礼した。


「お久しぶりです、中将閣下。グラヴェール艦長」

「こんにちは。お元気でなによりです。中将閣下もグラヴェール艦長も」


 ジャーヴィスの隣でリーザにこやかに微笑んだ。


「寄ってくれてうれしいよ。所で二人揃って、今日は一体どうしたんだい?」


 シャインは驚きつつ用件を聞いた。




 執事のいれてくれたシルヴァンティーを飲みながら、話し始めたのはジャーヴィスだった。


「グラヴェール艦長。実はあなたにお願いしたいことがあって参りました。中将閣下やあなたがまだ休職中なのに、申し訳ないのですが……」


 急に改まったジャーヴィスへ、シャインは気にするなというばかりに微笑を浮かべた。


「君には本当に助けてもらったからね。俺にできる事があれば、遠慮なく言って欲しい」


 ジャーヴィスはすまなさそうにうなずくと、意を決したように口を開いた。


「実は、ここにいるリーザ・マリエステル嬢と結婚することになりまして、そのご報告に参りました」


 ジャーヴィスとリーザはそっと顔を見合わせた。


「本当かい。それはおめでとう。で、式はいつ?」


「それなんですけれど。実は、ロワールハイネス号で式を挙げたいと思っているんです。グラヴェール艦長」


「ロワールハイネス号で? でも、何故? マリエステル艦長はご自分のファラグレール号の方が愛着があると思いますが」


 シャインは当然のようにリーザに訊ねた。

 リーザは口元に手を当てて、ほほほ…と上品ぶった笑みを浮かべた。


「確かに私の船はファラグレール号ですが、私は嫁ぐ身でありますし、ここはやっぱり夫となるジャーヴィスの、ロワールハイネス号で挙げるべきだと思いましたの」


 ふっとアドビスが息をついた。


「あなたのほうが階級は上だが、然るべき場では夫を立てるか」


 ジャーヴィスが大きく首を横に振った。


「閣下。そうじゃないんです。彼女はこう見えても、すごく子供っぽい所があるのですよ。ロワールハイネス号で式を挙げるのは、私の為ではなくて自分の為なんです」

「えっ?」


 シャインとアドビスは怪訝な顔でジャーヴィスを見つめた。


「ちょっとジャーヴィス!」


 リーザがジャーヴィスの軍服の袖を引っ張ったが、ジャーヴィスはちらりとリーザを睨んで口を開いた。


「本当の事だろうが。私がエルシーアには、『船の精霊の宿る船で式を挙げた花嫁は、死が二人を分かつまで添い遂げる事ができる』という言い伝えがある事を話してから、君はロワールハイネス号で式を挙げたいと言ったんじゃないか」


「だって……私は幸せになりたいんですもの。あなたと一緒に」

「リ、リーザ」


 見ているこちらが恥ずかしくなるような睦まじさだ。シャインは苦笑しながら、空になったジャーヴィスのカップにシルヴァンティーを注いた。


「いいでしょう。ロワールハイネス号でよかったら、喜んで二人を祝福しますよ。ロワールもジャーヴィス君が幸せになる所を見たいだろうし」


「か、艦長……」


 ジャーヴィスが照れを隠すために、カップのお茶を一気飲みした。

 しばし客間には明るい笑い声が響いた。


「ロワールハイネス号といえば、艦長にお聞きしたいことがあるのですが」


 ジャーヴィスがそう切り出してきたので、シャインはゆっくりとうなずいてそっと彼に向けて左手を出した。


「今日海軍省に行った時きいてきたよ。おめでとう。ジェミナ・クラスの警備艦の艦長に昇進したんだってね」


 ジャーヴィスはまばたきして息を飲んだ。

 膝の上で握りしめた拳にぐっと力が入る。


「やっぱり。やっぱりのせいだったんですね! ロワール号の乗組員全員に異動命令が出たから、変だと思ったんですよ。これはどういうことなんですか。説明をお願いします。グラヴェール艦長」


 シャインは差し出した手をやむを得ず引っ込め、再び椅子に背中を預けた。


「シャイン……」


 アドビスがシャインへそっと声をかけた。

 シャインは肩をすくめ、事と次第によってはくってかかりそうな、唇を震わせているジャーヴィスへ視線を向けた。


「すまない。実はやることができて、ロワールハイネス号が必要になった」

「やること……?」

「ああ」


 シャインとアドビスは視線を交わした。


「俺は表向きロワール号と共に、一年間の休暇を取ることになった。だが本当は、アリスティド閣下から受けた仕事がある。それはロワール号につけている『船鐘シップベル』についての調査なんだ」


 そこでシャインは、二十年前アドビスが実際に『船鐘』の力を使用して、海賊船を沈めてしまったこと。ロワールがブルーエイジの力を抑えるために、『船鐘』に居続けていることを話した。


「『船鐘』の力は強大だ。アリスティド閣下が父の見舞いに来て下さった時に話をしたが、閣下はあの『船鐘』が存在し続けることを危惧された」


 じっと話を聴いていたジャーヴィスがうなずいた。


「そうですね。万一、悪意あるものの手に渡れば、恐ろしい武器となり得ます」


「うん。いっそのこと外海に出て、深海に沈めてしまうということも考えたけど……俺はかつて人間であったロワールを救いたい。彼女をあの『船鐘』から解放できる方法がないか探したいんだ」


「何ですって?」


 喘ぐようにジャーヴィスが声を漏らす。

 隣に座るリーザも紅の瞳を驚きのために見開いている。


「あの『船鐘』がいつ、どこで、誰によって作られたのか。海軍本部の文献を探してみたけど、めぼしいものが見つからなかった。ひょっとしたらエルシーアで作られたものではないのかもしれない。だから方々の海に出て調べようと思う」


「グラヴェール艦長……あなたは、そこまで彼女の事を」

「……」


 シャインは頬が高揚するのを覚えた。

 実際ロワールに魂を分け与えたからではない。

 彼女の姿を初めてアイル号の甲板で見た時から惹かれていたのだ。

 自分に今まで欠けていた何かが、彼女と一緒にいることで得られた気がするのだ。


「……ということで、勝手ながら俺は休暇を取り、別行動をとることにした。ロワール号の皆には、事前に話さなくてすまなかったと思っている」


「そういうことでしたら、私もあなたのお供をいたします。だって、私は」


 シャインは右手を上げてジャーヴィスの発言を制した。


「ロワールハイネス号は海軍の船だけど、一年間だけにするんだ。領海外をエルシーア海軍の船がうろついていたら、各国に不審がられてしまうからね。それに……」


 シャインは穏やかな笑みを浮かべながら立ち上がった。


「ジャーヴィス副長。俺は君に我がままばかり言って困らせてきた。でもそんなことができたのは、君がいつも俺の力になって支えてくれたからだ。でも、ずっと君の存在に甘えてはいけないと思うし、君は昇進に値するだけの功績を上げた。俺にはこんなことしかできないけど、是非、承諾して欲しい。そして乗る船は違えど、これからも良き友人として、俺を支えてくれないか」


 ジャーヴィスはリーザにうながされて、うつむいていた顔を上げた。

 シャインが再び差し出した左手を両手で握りしめる。


「あなたは本当に良い上官ではありませんでした。でも私はあなたほど、状況が困難であるにもかかわらず、それを恐れず立ち向かって行く人を知りません。時にはその強さをうらやましく思ったこともありました。けれど……」


 ジャーヴィスはシャインの手を握りしめながら、シャインの本心を知ろうとするようにその瞳を見つめた。


「あなたの気持ちはわかります。レイディ・ロワールがあの『船鐘』から解き放たれるのなら……。その時が来るのを、心より願っています。そして何か情報を得ましたら、即座にお知らせいたします」


 シャインはうなずいた。ジャーヴィスの言葉に胸の奥が温かくなるのを感じながら。


「ありがとう。俺も及ばずながら祈らせてもらうよ。マリエステル艦長と、どうかお幸せに――」



 それから二週間後。ジャーヴィスとリーザはロワールハイネス号で結婚式を盛大に上げた。ロワールは姿を現わして式に来ていた人々を驚かせたが、リーザは船の精霊の祝福を受けてとても満足そうだった。


 二人はジャーヴィスにとって五年ぶりの帰郷となる王都ミレンディルアに行き、それから北上して、リーザの故郷であるアムダリア国にしばし滞在するとの事だった。


 ジャーヴィス達は新婚旅行から帰ったら、ジェミナ・クラスへ行き、警備艦アマランス号の艦長と副長として乗り込むことになっている。


 ロワールハイネス号の乗組員の面々だが、シルフィードとクラウスは元リーザの船ファラグレール号に異動し、航海長と士官候補生として乗ることになった。



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