読書レベル0

 ハルが本を読んでいた。

 まったく珍しい光景だと思っていたら、しばらくもしないうちに、本を置いて僕の名前を呼んだ。


「ねぇねぇ、アキちゃん」

「何だよ」


「不倫ってどんな感じ?」


「は?」

「ふ・り・ん」

 ゆっくり言わなくても、分かってる。


「じゃなくて、その質問の意味は何だよ」

「アキちゃんなら分かるかな〜って。頭もいいし」

「分かるか!」

 普通の高校生なんだぞ。

 思わず怒鳴り返すと、ハルはシュンと肩を落とした。


 彼女がバカなのは知ってる。生まれた時からの付き合いだ。バカは重々承知している。でも、これはその範疇を超えていた。


「ハル、不倫に興味あるの?」

 すると、ハルは僕に持っていた文庫本を投げて寄越した。


 裏表紙のあらすじに目を通す。

 質問の意味が少し理解できた。それと同時にため息も出た。

 ハルが読んでいたのは、不倫の小説だった。

 

「ハルが買ったの?」

 聞くと、うなずいて答える。


「あらすじ分かってて、買ったんだよな?」

 これにも、うなずいて答えた。


「そもそも、何でこんな本、買ったんだよ」

「表紙がキレイだったから」

 そこかよ。

 いや、まぁ、確かに。抽象画っぽくて、キレイっちゃあ、キレイだけど。


 そこかよ!

 もう一度、心の中で突っ込んで、気がついた。

 表紙って、あぁ、コイツ、新刊発売の平積みになってるところから選んできたのか。


「ハルさぁ、元々、本なんか読まないだろ」

 言ったら、ハルはむくれた。

「読まないからだよ」

「うん?」

「大学生になるんだから、ちょっとは本を読んだ方がいいかなって思って……」

 

 それでいきなり不倫の本にいくか?

 いや、そこはバカだからか?

 って、コイツ、読書レベルもまったくないじゃん。  

 バカでレベル0だから、このチョイスなのか……


「で、読んでみた感想は?」

「不倫ってどこが楽しいのかなって。全然、主人公の気持ちが理解できないんだけど」


 まぁ、そこらへんはまともだからな。


「それでいいんじゃないの」

「そうかな?」

 僕はうなずく。


 もしかしたら本の主人公のように、『心から愛した男が別の女性と結婚』なんてことになったら、ハルにも気持ちが理解できるのかもしれない。

 でもそれは黙ってた。

 僕にだって色々と事情はある。


 ……明日は日曜だし、本屋に連れてくか。

 とりあえずは『ごんぎつね』あたりからだな。

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