入籍問題

 室内には男と女がいた。


 向かい合って座るテーブルの上には、紙切れが一枚。

 二人はそれをにらみつけるように見ていた。


 結婚することは決まっている。

 彼がプロポーズし、彼女はそれを受け入れた。だが、結婚と言うのは簡単だが、問題がないわけではない。難易度の低いものから片付けた結果、最大の問題が残された。


「やっぱり、私がそっちの籍に入るよ。その方がまだまだ一般的だし」

 彼女は言った。これで何度目になるのか覚えていない。それほど言った。

「いや、でも、俺も長男ってわけでもないし、お前、一人っ子だろ」

 彼も言った。またもや堂々巡りになる。


 どちらも相手のことを心から愛していた。ただ、愛があるからといって、それで問題は解決したりしない。


 彼らの結婚につきまとう最大の問題、それは『家』だった。もっと正確に言うならば『籍』であり、『家名』であった。


 彼女にしてみれば、この問題は付き合っていた時から分かっていたことだし、結婚で名字が変わることにもそれほど戸惑いもなかった。友人も一人、また一人と名字が変わっている。次は自分の番だと思っていた。


 当初はこのことが問題になることもなく、順調に進んでいたのだ。そう、彼女の父親が、酔った勢いで彼に婿養子の話を持ちかけたりしなければ。


「私ね、早く結婚したかったの。一刻も早く名字を変えたかった。子供の頃から、よく、いじめられてたから」

「俺は高校でよくからかわれた。まともに名前も呼んでもらえなかった。担任まで普通に呼ばないんだぞ? これっていじめだろ」

 彼が言った。

 友人につけられたあだ名を、とうとう担任まで使うようになったという話は彼女も聞いたことがある。


「私は好きよ。

 そういった彼女に彼は大きく息をつく。

「俺だって、お前の名前はいいと思うよ。ローマ字だと、全部線対称になってきれいだし。それに引き換え、俺なんかローマ字で書いたら二十字超えるんだぞ?」

「いいじゃない。名字が変わったらになるんだよ?」

「気にしない」

 どうやら今日も解決しそうにない。


 彼女は、テーブルに突っ伏した。

「やっと、上尾愛ウエオアイから解放されると思ったのに!」

「俺だって、東六柳純一郎ヒガシムツヤナキジュンイチロウなんて長ったらしい名前!」

 同じ悩みを持つもの同士、二人は同時に吹き出した。



 

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