第40話 王国ではなく国王崩壊(四)

 会談が終って通信が切れると、伽具夜が難しい顔をして、言葉を掛けてきた。

「今までの中で最もマシな外交と言えるわね。バルタニアは初見アドバンテージを持っているから軍事力もトップのはず。守ってもらえるなら、心強いわ。でも、譲歩しすぎじゃないかしら。散々利用して、最後に椿の首を刎ねに来る可能性もあるわよ」


「それはないと思うよ。大桜さんは、きっとカイエロを集めて帰還するつもりじゃないかな。だから、首都の譲割を求めてきたんだと思うよ」


 伽具夜はどこか納得したように評した。

「なるほど、国王様はワンプレイ、ゲームを捨てて、二位に着けておいて、次のゲームでアドバンテージを取って勝ちにいく作戦を考えたのね。でも、うまくいくかしら?」


「うん、それでは、たぶん、うまくいかないし、次はないと思う」

 伽具夜が、わけがわからないとばかりに意見した。

「はあ? じゃあ、何? 最後は、バルタニアを裏切るつもりなの?」


 椿の頭には、まだはっきりとは言葉にできないが、自分なりの戦略と勝ち方が大桜との会談で朧げに見えた気がしていた。

「結果そうなるかもしれない。まだ、わからないよ」


 伽具夜は渋い顔をして警告した。

「やっと外交という物がわかってきたようだけど、大桜は裏切るには危険な香りがするわ。大桜はソノワやテレジアより、おそらくしたたかよ。お前なんて、影すら踏めないわよ」

「うん、確かにそうだね」


 勝負する対象は、大桜ではない。この世界の神様だ。

 椿はそのまますぐに、コルキストに会談を申し込んだ。

「今後の戦争に関して話があります。用件は簡単ですが、会談の形を取りたいのですが」とコルキストの外務大臣に申し出ると、少し待たされたが、ソノワが会談に出た。


 ソノワはコルキストの国力が月帝より遙かに優位なのか、態度は自信に満ちていた。

「どうされました。椿国王、命乞いにでも、やってきましたか」


 椿は粛々と答えた。

「そうなるかもしれませんし、そうならないかもしれません」


 ソノワの顔が怪訝そう歪めたので、言ってやった。

「たった、今。バルタニアに臣従する条件で同盟を結び、庇護を受ける約束を取り付けました。バルタニアが攻めろといえば、コルキストを攻めます。バルタニアが攻めるなというなら、コルキストを攻めません」


 ソノワに驚きの表情が浮かんだ。

「なんですって! あの大桜が、同盟を受けたの」

「用件はそれだけです。では、ごきげんよう」


 会談を申し込んだ椿から、会談をいきなり切ってやった。

 ソノワの驚いた顔が見られたので、幾分スカっとした。

 次に、ロマノフのテレジアを会談に呼び出した。最初、テレジアは応じるつもりはなかったらしかったが「戦争に関する話」と伝えると、嫌々会談に応じた。


 テレジアもまた椿を見下していた。椿を見下していたが、テレジアの態度は椿の言葉を聞くまでだった。

「たった、今。バルタニアに臣従する条件で同盟を結び、庇護を受ける約束を取り付けました。バルタニアが攻めろといえば、ロマノフを攻めます。バルタニアが攻めるなというなら、ロマノフを攻めません。ただ、それだけです」


 テレジアも驚きの表情を浮かべ、何か言おうとしたが、椿は今までの仕返しの意味を込めてやはり、通信を途中で切ってやった。


 これは一種の賭けだった。バルタニアは海を挟んでいるので、軍事支援を受けるにしても、すぐには救援に来られない。もし、月帝とバルタニアの同盟を知り、危険と判断されたとする。コルキストとロマノフにより電撃強襲作戦を懸けられれば、月帝はおそらく滅びるだろう。


 だが、逆に迂闊に手を出せないと思われれば、月帝は平和になる。

 戦わなければ、時間が経てば経つほど、月帝の遅れはバルタニア援助の下に、巻き返せる。


 次に、椿は閣議を終えたすぐ後にも拘わらず、緊急閣議を開いて宣言した。

「ついさっき、バルタニアに従属する条件で、同盟が成立しました。今後はバルタニアの意向に沿って月帝は動きます。バルタニアの要請に従って随時、各省の行動を変えてください。あと、月帝の内情は全て包み隠さずバルタニアに伝えるように、以上」


 すぐに全閣僚から「それでは、由緒ある月帝国が傀儡国家になるのと一緒だ」とバルタニアの臣従する行為に猛反発が出た。

 伽具夜が手を上げると閣僚たちが黙った。伽具夜は反対を許さないという態度で発言した。


「今の発言は、月帝国の国王・椿幸一の言葉である。逆らう物は、国家反逆罪になります」

 伽具夜の一言が利いたのか、全ての閣僚は黙ってしまった。


 ここに、バルタニアの傀儡国家とも言えるべき、新月帝国が誕生した。

 全ての方針をバルタニアに従うと決めた椿は、半ば用済みとなった。

 バレンが起こしに来る以外で国王の部屋を訪ねる者はいなかった。一応は三ヵ月毎に起きて、閣議で報告を聞くが、椿の答は、いつも決まったものとなった。


「ねえ、それで、バルタニアは良いって言っているの?」

 椿が閣議のたびに同じ、フレーズを繰り返すと、もう各閣僚は椿に意見を聞かなくなった。


 だが、椿が采配を振るわなくなっての五年間、一度も月帝は攻められなかった。

 それどころか、戦わないので、軍備も国力も充実していった。


 五年間攻められなかったので、充実した日々を送った。

 一度は伽具夜の寝室に行ってみようかとも思った。だが、悲しいかな、椿には「寝室に足を踏み入れないで」の伽具夜の言葉が楔となり、大人の階段への一歩が踏み出せなかった。


 科学が進んでいるバルタニアから提供された科学技術のおかげで技術開発は着実に進んだ。

 共同での資源発掘にも成功して、ベルタ鉱、油田、レアメタルも見つかり、経済は好調になった。寺院の整備も、カイエロを渡すという約束を守るために整備されていった。


 唯一の不幸が、ネガティブ・アーティファクトの発掘により風水害に見舞われた事件だけだった。

 官僚たちの間では「椿国王は地震保険と一緒。有ったほうがいいが、使いたくはない」との声が出始めていた。

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