第9話 突如訪れたる美術部存続の危機 2

 放課後はそれといって大事もなく、無事に迎えた。

教室中からは、「この後ゲーセン行こーぜ」や「新しいケーキ屋さんが出来たからどう?」なんて青春的な会話に満ちている。

 さて、僕も部活だな。僕は机の中から宿題だけを取り出し、カバンに入れた。

その行程が終えたころには、僕の目の前に宇山がいた。


「今日は部活ある?」

「あぁ、あるよ。と言うよりは、基本的にはほぼ土日以外あるな」

「わかった。あなたはこれから部に行くの?」

「いや、前の撮った写真の領収書を井ノ瀬先生とこに持っていかないといけない。先に行っといてくれてもいいぞ」

「ついてく」

「そうか、じゃあちょっと待っててくれ」


 宇山は頷く。

 僕はカバンの中を少し整理してから、財布を取り出し、中から領収書を出して、手に持った。


「待たせた。行こうか」

「うん」


 とりあえず、僕らは職員室を目指す。

 廊下は予定に満ちた生徒が多くいて、顔色の中には退屈と言う文字がないように見えた。そういや、僕も最近は退屈してないな。やはり、時間にそれほど猶予がないと退屈さと言うのは体感する機会が少なるのだろうか。こうして、社会人になっていくんだな...。


「そういえば、うちのクラスはどうだった?」


 今日、最も彼女に聞きたい事があるとすればこの質問だろう。僕はできる限り良い回答が返ってきますようにと祈る。


「みんないい人だった」


 宇山の顔には不満の色がなかった。

 僕は安堵する。


「よかったよ」

「あなたはどうだった?」

「いや、僕は変なあだ名付けられて散々だった。まぁ、自業自得な点もあるけどな。てか、僕は聞かれる必要ないだろ。皮肉か、皮肉なのか?」


 僕の疑問に対して、宇山はそんなことはないと言って、少し笑った。まったく、僕はそう思いながらもつられて笑う。

彼女と出会ってから、約三日。僕は少しずつ彼女との距離感が近づいてきたことを改めて感じる。最初はどうなるかとも思っていたが、なんとかなるものだな。


 話しているうちに僕たちは職員室にいた。

 僕は三回ノックしてから、失礼しますと言って宇山と中に入った。

 中はえらく閑散していた。多分、まだ戻っていない先生もいるんだろう。

 僕は井ノ瀬先生の席に向かう。多分、少し俯いているのが先生だ。僕は話しかける。


「先生、領収書持ってきましたよ」

「ん? あぁ、相原と綾乃か、すまんな、そこに置いておいてくれ」


 先生の言ったとおりに、僕は机の角に領収書を置いた。

 

「どうしたんです? なんか落ち込んでるようですけど」


 僕は先生の返答が返ってくるまで、宇山に小声で「なんかあったのか?」と聞いてみたが、「少なくとも学校出るまではなにもなかった」と返ってきた。

 ふむ、と言うことは学校でなにかあったのか?

 しばらくして、先生は深刻な顔で話し始めた。


「そ、そのだな、聞いて驚かないでくれ。実は生徒会で『部の更新会』と言うのがあってだな。今年から、部の存続条件が部員三人以上になったんだ」

「ま、マジですか」

「マジもマジ、超マジだ」


 な、なんということだ。ただでさえ、地味で人気のない部がここからもう一人部員を勧誘しろだなんて...。


「つみましたね」

「諦めるのが早すぎるだろ...」

 

 井ノ瀬先生はため息をつく。

 そ、そうだ、まだ時間はある。なんとか策を考えれば...。


「そういえば、その期限はいつまでなんです? 少なくとも、最近の話ですから、まだ先ですよね?」


 井ノ瀬先生は震えながら一本の指を差し出した。なんか、デジャブ感があったから追及はしないが、そんなことはないと信じて僕は言う。


「一年ですよね?」


 先生は首を横に振る。


「一か月ですか?」


 また、首を横に振る。おい、まさか。


「い、一週間だ」

「もう無理ですね、はい」


 おい、一週間で部員を勧誘とかどこの漫画だよ、無理に決まってるだろ。


「っていうか、生徒会もひどすぎだろ。そんなことをすぐに決めるなんて」


 僕は心の闘志に火が付いた。いや、これはほんと抗議しなければいけないレベルだ。さっそく、生徒会室に乗り込み行くことを考えたが、どうも先生の様子がおかしかった。なんというか、少し子供が嘘をついた時の仕草のような。

 僕はまさかと思って、聞く。


「先生、その『部の更新会』はいつごろにあったんですか?」

「えっ!? い、いや、最近だ」

「最近ではなく、もっと具体的にお願いしますよ、先生」


 僕は少し尋問気味な聞く。


「お、怒らない?」

 

 先生は人差し指を当て合いながら、きょとんとした顔で聞く。何歳だよ、この人...。


「怒りません」

「ほんとだな?」

「ほんとです」


 少し間があった。僕はせいぜい四月あたりを見積もっていたが、どうやらその予想は外れていたようだ。


「二月だ」

「絶対許しませんからね」

「怒った!?」


 当たり前だ。いったいこの人は何度僕の予想を外せば気が済むんだ。


「なぜ、報告を忘れてたんです?」

「いや、色々と忙しくてだな。あれこれしてるうちに、あれやらないと、これやらないと、って思ってると、つい伝えるのを忘れてだな...」


 僕はまた、ため息をつく。今日で一体何度ため息をついただろうか。

 しかし、今更追い詰めたところでどうにかなるわけではない。それに先生はいくつか顧問を掛け持ちしてるって言ってたしな。


「まぁ、いくら悔もうが時間は戻せませんしね。どうにかする方法を考えるしかないですね」

「う、うむ。すまないね。しかし、最悪幽霊部員でもいいぞ、私が認める。しかし、兼部はだめだ」

「まぁ、兼部はさすがにだめですよね。ですが、幽霊部員でいいならなんとかなるかもしれませんね、とりあえず、どうにかしてみますよ」

「本当にすまないな。だが、君ならなんとかなるだろう」

「そうであれば、いいんですけどね」


 とりあえず、僕らは職員室を出て考えることにした。


「しかしなぁ、部員かぁ」


 僕は歩きながら嘆く。しかし、今更部員と言っても集めるのは難しい。なにせ、本校の人間は大体が部に入ってるからだ。それに兼部はだめ。

僕の知っている生徒の全員は部に入ってるしなー。幽霊部員の奴も何人かいるとは思うが、さすがに美術部に来てくれる奴はいないよな。宇山がいるぞ、何て言えばもしかすると釣れるかもしれないが、宇山自身があんまりいい思いにならないと思うしな。あぁ、難しいな。

 そんなこんな考えたり、宇山と意見を出し合ってるうちに、今日の学校生活は終えた。もちろん成果はゼロだった。

 とりあえず、僕は今日のことは諦めて、明日にかけて夢を見ることにした。



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