第93話:二度目のチャット

 食事を早々と終わらせた矢吹は、チャットアプリを立ち上げながら溜息をついている。


「……まあ、俺が決めたことだしな」


 魔導剣術士マジックソードになるまでは、アリーナ――高宮の助けを借りるのもいいかと考えて、現在パーティを組んでいる。

 当初はレアボスモンスターやレアクエストでお礼をしたかったという気持ちだったのだが、高宮の『目の前にあるものを全て利用しろ』という言葉を受けて、矢吹は高宮をも利用することにした。

 それは高宮も承知であり、そもそもそのつもりで口にした言葉だった。

 自分で決めたことを無下にするような行動をするわけにはいかないと思い、今からのチャットが成立したのだ。

 チャットアプリが立ち上がってしばらくすると――高宮からの着信が入った。


「……高宮さん?」

『——矢吹君、お久しぶりだねー! って、天ラスの中では会ってるからそうでもないかしら?』

「いえ、久しぶりでいいと思いますよ」

『——そうかしら? まあでも、そうかもねー』


 高宮の話し方はアリーナの時とほとんど変わらない。変わっているところといえば、声音くらいなものだろう。


「ところで、今日はどうしたんですか? 突然チャットだなんて」

『——天ラスでお礼は言ったんだけどさ、やっぱりリアルでもお礼を言いたいと思ったんだよね。今回は本当にありがとう』

「レアボスモンスターとレアクエストですか? あれは俺一人では倒せない相手でしたし、俺の方がありがとうですよ」

『——本当に、矢吹君はいい子だねー』

「いい子って、これでも大学生ですからね?」

『——あら、それじゃあ私は社会人だから、やっぱりいい子でもいいんじゃないかしら?』

「……そうですね」

『あら、怒っちゃったの? 可愛いわねー』

「……切ってもいいですか?」

『——あー! 待って、待ってよ! お礼もそうだけど、他にも話したいことがあるんだから!』


 相手が見えないからできることなのだが、矢吹は右手で眉間を押さえながら話を促す。


「……それで、その話したいことって何なんですか?」

『——二つあるんだけど、一つはイベントアイテムのこと』

「【神獣しんじゅうの宝玉】ですか?」

『——そうそう! 私のは(雷)って付いてたんだけど、矢吹君はどうだったかなって思ってさ』

「俺のには(風)って付いてましたね」

『——そっかー。やっぱり、戦っていたボスモンスターに関係していそうだね。私が雷神と戦って、矢吹君が風神と戦っていたわけだし』

「そうだと思いますけど……だとしたら、他にレアクエストがあればボスモンスターも変わるってことですかね?」


 風神と雷神だったから(風)と(雷)だったということならば、属性に関係して炎神えんじん水神すいじんといった属性の神を冠したボスモンスターがいてもおかしくはない。


『——でしょうね。これが次のバージョンアップで使用できるとなれば、卵と宝玉を持っている私達は相当有利にゲームを進めることができると思うわよ』

「他にも宝玉まで持っている人がいると思いますか?」

『——どうかしら。卵に関しては宗也そうや……違ったわ、アサドが持ってるのは知ってるけど、宝玉までは分からないかな』

「……今リアルの名前を言っちゃいましたよね!」

『——あははー! まあ、下の名前だけだしいいんじゃないの?』


 少し呆れながらも、宗也という名前だけでリアルバレするようなこともないので矢吹は忘れることにした。


「それで、二つ目はなんですか?」


【神獣の宝玉】に関してはこれ以上の話の広がりはなさそうだと判断した矢吹が次の話を促すと、高宮もすぐに話題を移してくれた。

 だが、高宮としてはこちらの方が本命の話題だった。


『——階層攻略についてよ』

「それって、アサドさん達のことですか?」

『——そうよ。今までの階層攻略なら、午前中には終了して運営から階層攻略とメンテナンスのメールが届いていたんだけど、今日はそれがない』

「攻略に時間が掛かっているってだけじゃないですか?」

『——……それならいいんだけど、ちょっと心配だわ』

「それなら高宮さんも一緒に行けばよかったのに」

『——そんなことをしていたらレアクエストに参加できなかったじゃないのよ!』


 心配をしながらも、最終的にはそちらにいきつくのかと苦笑する矢吹。

 だが、高宮の話を聞いて矢吹も少し不安を抱いてしまう。


「ログインしたら何か分かりますかね?」

『——宗也のログイン状況くらいかしら』

「攻略しているんですから、ログインしているのは当然じゃないですか?」

『——もしDPデスペナルティを喰らっているなら、その表示がされるのよ』

「そうなんですか? 知らなかった」


 ならばやることは一つである。


「すぐにログインしましょう」

『——ここで考えていても仕方ないか。矢吹君もすぐにログインできるの?』

「大丈夫ですよ」

『——分かったわ。それじゃあ、また後で』


 チャットを終了すると、矢吹はすぐにHSヘッドセットを装着してベッドで横になる。

 意識はすでに天上のラストルームへ向いている。


「アサドさん、無事だといいけど」


 そんなことを呟きながら、矢吹はログインした。

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