第98話:紫の五階層

 五階層の雰囲気は、レアクエストの時とは明らかに変わっていた。

 一階層から四階層までは古い遺跡を模した階層だった。それはレアクエストの時も変わらなかった。

 しかし、今は階層全体が紫色の照明に照らされ、どこかの屋敷のエントランスに似た階層になっている。


「……これは、いったい?」

「……まさか、五階層でここがあり得るの?」

「アリーナさん、何か知っているんですか?」

「……ここは、よ」

「ハードモード?」


 ゲームではよくあるハードモード。

 普通にクリアしたゲーム、その難易度を上げることができるモードで、多くの場合でレアアイテムが手に入ったり、普通にクリアした時にはなかったステージが出現したりする。

 しかし、天上のラストルームにハードモードがあったとしても、今のアルストはまだ下層にいるプレイヤーだ。ハードモードには程遠いレベルにあるといっても過言ではない。

 紫の依頼書がハードモードに行くためのものであるなら、この情報は攻略サイトに掲示するべき内容かもしれないとアルストは考えていた。


「名前の通り、敵のレベルが一気に高くなる。同じゴブリンでもゴブリンロードが現れたり、スライムもヘヴィスライムが現れたり、モンスターの種類も変わってくるわ」

「レベルが高くなって、さらに種族も変わるんですか?」

「その通り。ハードモードに初期職で挑むなんて論外、発展職でも攻略できるかどうかなんだけど……」


 何もなければ魔導師マジシャンで行くつもりだった。

 しかし、アリーナが口にするほど困難の状況にあるのであれば、アルストは職業を剣術士極ソードマスターに変えるのも気にはならなかった。


「それじゃあ転職しますね…………あれ?」

「……やっぱり」

「……えっと、転職、できない?」


 ステイタスから転職の項目を選択しようとしたアルストだったが、何故だか転職の項目が灰色になっていて選択できない。

 他の項目は黒色で選択できる。何度も試してみたのだが、やはり転職だけが選択できなかった。


「レアクエストの時にはボスフロアに入る前だったから転職ができたのよ」

「ボスフロアって、ここはボスフロアじゃないですよ?」

「おそらく、同じ条件が適用されているんでしょうね」


 ハードモードを初期職で、というまさにハードな状況になってしまったアルストは、二度目のDPも覚悟する。

 というのも――


「……階段が、無くなってますね」


 四階層へと降りる階段が、五階層に来てすぐに消えてしまった。

 これで引き返して転職する、という手段も取れなくなっている。


「先に進むしかなさそうね」

「そうですね」


 進んでクエストをクリアするか、失敗してDPを喰らうか。

 今回のクエストはその二択しか選択肢がなくなっていた。


 しばらく進むと、通路の先からモンスターが姿を現す。

 四階層で戦ったボムバードなのだが、その姿はアルストの記憶にあるサイズよりも一回り大きく、羽ばたく姿からは異様な雰囲気が伝わってきた。


『ピイイイイギャアアアアァァッ!』

「あれ、ボムバードですよね?」

「そうだけど、ケッツクァルトルくらいに大きいわね」


 サイズだけで見ればケッツクァルトルと同等のボムバード。

 そんなボムバードが五匹の群れで襲い掛かってきた。


「フレイム!」


 天井に向けてフレイムを放ち瓦礫で群れを分断しようと試みたアルスト。


『ピイイイイギャアアアアァァッ!』

「マ、マジかよ!」


 先頭のボムバードが瓦礫を物ともせずに突っ切ってきた。

 予想外の動きに硬直してしまったアルスト。


「――アイスバレット」


 しかし、ボムバードの群れが攻撃を仕掛けてくる前にアリーナのアイスバレットが襲い掛かる。

 一瞬にして空中で凍りついたボムバードの群れは、地面に自然落下して床に激突すると粉砕。そのまま光の粒子へと変わり戦闘は終了した。

 口を開けたまま唖然としているアルストの横を、アリーナがゆっくりと前に進み出る。


「まだまだ来るわよ?」

「……これが、ハードモード。これが、アリーナさんの実力」


 ただのモンスター相手に何もできなかったアルスト。

 しかし、そんなモンスターを一瞬で仕留めてしまったアリーナ。

 二人の実力差は明らかで、今のアルストには何もできないだろう。


「……すみま、せん」

「何を言ってるのよー。こんな経験ができてるのもアルスト君のおかげなんだから、せっかくだし楽しみましょうね」

「楽しみましょうって……あ、あの数を見てそんなこと言えませんよ!」


 目の前に広がる通路の奥。

 そこから迫ってくるのは一〇や二〇では間に合わない数のモンスターの群れ。

 モンスターに対しては何もできないアルストにとって、今できることはアリーナの手助けをすること。

 アリーナにとってはアルストの手助けなど必要ないかもしれないが、それでもやれることをやろうと気を引き締め直すしかない。


「それじゃあ――サウザンドバレット!」


 数えるのも億劫になる群れに対して、アリーナの範囲攻撃が炸裂──激しい死闘が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る