第73話:出発の前の……

 少し早めの晩ご飯を食べ終わると、矢吹は時計に視線を向ける。

 高宮との待ち合わせ時間まで三〇分以上ある。このままダラダラと過ごすのももったいないと思い、タブレットで攻略サイトを見ることにした。

 といってもバベル攻略記事を見るわけではない。目的は攻略組の情報である。

 普通ならプレイヤー個人の情報がサイトに載るなんてあり得ないのだが、アサドは一人でも多くのプレイヤーを勧誘するために、あえて自身の能力やプロフィールの載せていた。


「職業は、やっぱり複合職か。双槍術師ツインスピア……あれ? でも、槍は一本しか背負ってなかったような」


 自分の勘違いだろうか、とアルストは考えたが、それが意味のないことだと判断する。


「俺が攻略組に入るなんて、あり得ないもんな」


 ただでさえ人見知りなのである。

 アサドからは気軽に声を掛けてもらっているが、まだ上手く話せていないのだ。


「今は高宮さんの力を借りてるけど、魔導剣術士マジックソードになれたらソロで全階層を攻略したいな」


 そんなことは夢のまた夢だと分かっているのだが、楽しむ分には無理な夢を持ってもいいではないかと思ってしまう。


「そういえば、能力補正10%だけど、そこまで大変って思ったことないよなぁ……まあ、こんだけ装備が充実してたらそうなるか」


 高宮の指示により装備のレア度は3に揃えている。それ以上のレア度だと初期職では目立ってしまうからだ。

 魔導師マジシャンの装備でいえば、一角獣ユニコーン銀角ぎんかくと魔女の手袋を持っている。

 一角獣の銀角はレア度8なので当然ながら、魔女の手袋はレア度4である。

 これならば装備してもいいかなと思ったのだが、なるべく目立たないようにと念を押されてしまった。

 矢吹も自分の特殊能力が破格なのだと理解しているので、そのままレア度3でまとめている。


「アサドさん、大丈夫だよな?」


 自分が心配する理由は全くないのだが、30階層を攻略するとなれば相応の準備が必要になる。

 素材も大量にあるので、助けになるなら高宮経由でアサドの装備を充実させるのもいいかもしれないと、勝手ながら考えていた。


「……そろそろ時間か」


 二〇時まで一〇分前となり、矢吹はHSヘッドセットを装着してベッドに横になり、天上のラストルームにログインした。


 ※※※※


「あら、早かったのね」

「おぉっ! アルスト君じゃないか!」

「……えっと、あの、えっ?」


 ログインをした先はもちろんアリーナの武具店の前なのだが、そこには三度みたびアサドがいた。

 ここまでくるとストーカーの類いではないかと疑いたくなってくるが、アリーナは特段そのようなことを言わないので、断られても何度もアタックする性格なのだろうと理解することにした。


「二人でバベルに行くのか? だったら俺も一緒にどうだろうか! 俺は頼りになるぞー、なんて言ったって攻略組のリーダーをやってるからな!」

「それを自分で言っちゃうからダメなのよ」

「ぐっ!」

「それと、一緒にはいかないからね」

「な、何故だ!」


 アルストの特殊能力がバレてしまうのも危惧されるところだが、アリーナは単純にアサドが面倒くさいのだろう。

 その眉間にはしわが寄っており、イライラしているのがすぐに分かった。

 アルストにも分かったのだが、アサドは全く気づいていないようで、今なお言葉を続けている。


「あれ? そういえば、なんで俺の名前を?」

「アリーナが名前を呼んでいたからな!」

「あぁ、そうでしたか」

「もー、私達は出発するからね!」

「ちょっと待ってくれ! あ、あれだ! パーティに入れてくれなかったら、コソコソついていくぞ!」

「……はあ?」


 アリーナのドスの効いた言葉に、アサドだけではなくアルストまで後退ってしまう。


「えっと、その、そこまで怒らなくてもー」

「……アサド」

「は、はひ!」


 変な声を出しているアサドをがっつり睨み付けながら、アリーナは溜めに溜めての一言を放つ。


「──DPいっとくか?」

「す、すいませんでしたー!」


 バタバタと慌てて走り去ってしまったアサドの背中を、アルスト口を開けたまま見送っていた。

 しばらくして、後ろの方で大きな溜息が聞こえてきたので振り返る。


「はぁ。本当にごめんね、アルスト君」

「……いえ、そんなことありません」

「えっ、なに、なんでそんな他人行儀なの?」

「なんでもありませんよ? あは、あははー」

「ちょっとアルスト君! 今のはアサドを追い払うために必要なことであって、本気じゃないからね!」


 目を合わせようとしないアルストはさっさとバベルへ向けて歩き出す。

 説明をしながら追い掛けるアリーナだったが、結局バベルに到着するまでは誤解を解くことができなかった。

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