第47話:チャット

 現実に戻ってきた矢吹は、溜息をつきながらすぐに立ち上がりパソコンの電源を入れる。

 インカムをセットしてチャットアプリを立ち上げると、アリーナからのメールに書かれていたIDにフレンド申請を送る。


「はぁ。まさか現実にチャットをすることになるとは」


 そんなことを呟いていると、連絡先からフレンド承認の合図があり、それと同時に着信が入った。

 一瞬だけ迷ってしまったが、こちらから申請しておいて取らないのも失礼かと言い聞かせて取る。


『──……アルスト君?』


 ドキッとしてしまった。

 キャラクターが女性でも実際は男性だった、何てこともよくあるゲームの世界で、インカムから聞こえてしたのは紛れもない女性の声だったのだ。


「……はい。えっと、アリーナさん、ですか?」

『──そうそう! あっ、ちなみに私の本名は高宮桃花たかみやとうかね』

「……矢吹、刃太です」

『──矢吹君か、いきなりごめんねー』

「いえ、俺は全然、構いませんけど……それで、どうしたんですか?」


 世間話ができるほどのコミュ力を持ち合わせていない矢吹は早速本題に入ることにした。


『──何よ急いじゃって、またログインするつもりなの?』

「ち、違いますよ!」

『──そう? まあいっか。ちょっと気になることがあってねー』

「それって、アレッサさんとエレナさんについてですか」

『──そゆこと。何か隠してるっぽいから気になってね。矢吹君は二人と一緒にいておかしなこととかなかった?』


 おかしなことと言われて思い付くことは一つしかない。


「……出会った当初、ログアウトしたくないって強く言われましたね」

『──……どゆこと?』


 そこで二人に出会ったきっかけと、戦い方を指南した時のことを説明した。


『──それは確かにおかしな話だね』

「それに、初心者だって言う割りには筋が良いんですよね。特にアレッサさんは」

『──あー、何だか冷静にエレナちゃんを見てる感じするもんね』

「そうでしたか?」

『──あれ、気づいてなかったんだ。エレナちゃんが私と話をしてる時なんて、じーっとエレナちゃんのことを見てたわよ?』


 アレッサと二人の時には普通に会話をしていた矢吹は全く気づいていなかった。


『──それに、さっきのやり取りも気になったのよね』

「さっきのって……装備のやつですか?」

『──そうそう。なんだ、やっぱり矢吹君も気になってたんだ』

「気になってたって言うか、変だなって思ったんです。ちゃんと聞いた訳じゃないですけど、二人はリアルでも知り合いみたいですし、助け合うならあげると思ってましたから」

『──そうなのよね。それに、あの時はエレナちゃんが断ってたでしょ? そのあとのアレッサちゃんの声もなんかこう、悲しそうだったって言うかさ』

「それに、エレナさんは無償で何かを貰うのが嫌って言ってましたけど、俺からは【金の翅】を貰おうとしてましたし」

『──確かにそうね。うーん、発言が一貫してないわね』


 その後、声をつまらせながらアリーナに装備を託していたアレッサ。

 実際にやり取りをしていた高宮はアレッサの変化に気づいていた。


『──ゲーム内のことだったら何か力になれるかとも思ったけど、リアルの部分だと何もできないからなぁ』

「ログアウトしたくないってことは、そういうことですよね」


 矢吹はあえて何も聞いていない。

 レアアイテムのことを黙っててくれたこと、そして面倒ごとに巻き込まれたくないという気持ちからだ。

 それにもかかわらず高宮は何かできればという気持ちから、わざわざ矢吹にリアルの連絡先を送ってきた。

 今更ながら、矢吹は自分が恥ずかしくなってしまった。


『──まあ、ゲームの方では矢吹君がいるから大丈夫だと思うけどね』

「……えっ?」


 そんな矢吹に対する高宮の評価は以外にも高かった。


『──だって、期間限定とはいえ見ず知らずの人とパーティを組むなんて、普通しないわよ?』

「まあ、あれは自分が悪いので」

『──それでもよ。普通は断るか、助けたからゴールド寄越せとか言われたりするのよ?』

「……そうなんですか?」

『──そりゃそうよ。あれ、もしかして本当は断りたかったとか?』

「……はい」

『──それはまあ、ご愁傷さまね』


 本当はこのチャットも断りたいのだが、さすがにそこまで口にできるほどの度胸はなかった。


『──今日はどうするの?』

「レアクエストで疲れたので休もうかと……そうだ、その時に変なアイテムを貰ったんですよ」

『──変なアイテム? なになに、気になるんだけど?』


 そこで始めて【神獣しんじゅうの卵】についてを口にした。

 実のところアレッサとエレナのアイテムについて話し合いをしている中ですっかり忘れていたのだ。


『──……それって、レアクエストで手に入れたんだよね?』

「そうです。【一階層の秘境を見つけ出せ!】ってクエストでした」

『──それで秘境を見つけたんだ。あのクエストって、攻略組しかクリアしたことないやつだよ?』

「そうなんですか? ってか……た、高宮さん、詳しいですね」


 ここで始めて高宮の名前を呼ぶことになった矢吹が恥じらいを見せるものの、高宮は気にすることなく話を続ける。


『──私もちょっと前までは攻略組にいたからねー』

「……えっ?」

『──ちなみに【神獣の卵】も持ってるわよ』

「……はい?」

『──それは天上のラストルームがバージョンアップされた時に何かしら使えるやつだろうって予想されてるから、ちゃんと持っとくんだよ』

「……はぁ」


 まさかの攻略組に言葉がでなくなった矢吹。


『──急に連絡してもらってごめんね。矢吹君からは何か聞いておきたいこととかあるかな?』

「……だ、大丈夫、です」

『──そっか。それじゃあ、またログインする時にねー』


 明るい声でそう言ってチャットは終了した。


「…………マジで疲れた」


 今日はもうログインする気力が無くなってしまった矢吹。

 時間はまだ一九時だったが、部屋を出て戸棚からカップ麺を取り出すと久しぶりにゆっくりと晩ご飯を味わうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る