第130話 授業前日


 ついに授業前日になった。俺はたった一人で研究室で授業の準備をしていた。あの騒動もあって、授業のカリキュラムは大幅に遅れることになったがそれでもこれからやることに変わりはない。


 そして自分の研究室で一人でいると、コンコンコンとノックの音が響き渡る。


「先生。今いますか?」

「……アリスか?」

「はいっ! 来ちゃいましたっ!」


 扉を開けると目の前にいたのはアリスだった。制服を着て、綺麗な青い髪を靡かせながら彼女はニコリと微笑みかけてくる。


「もう大丈夫か?」

「はい。すっかり良くなりましたよっ!」


 わざとらしく力こぶを出すポーズをするアリスを見て、少しだけ微笑みを浮かべる。


「そうか。それはよかった。中に入るか?」

「はいっ!」


 そしてアリスが研究室にやってきたので俺はコーヒーを淹れることにした。ブラックにするか、砂糖とミルクも入れるのかと尋ねると意外な答えが返ってきた。


「あ、私はブラックでいいですよ。先生」

「……は? 砂糖とミルクもあるが?」

「私はブラックの方が好きなんです」

「背伸びしてないか?」

「もうっ! もしかして、私のことを子供扱いしてますか?」

「……いや。すまない。ブラックを用意しよう」

「はい。お願いしますね」


 席について彼女が待っているので、俺はコーヒーをブラックで淹れることにした。もちろん俺も砂糖やミルクは好みではないので入れない。なぜそれらが完備されているのか、それはフィーのやつが甘ったるいコーヒーを好みにしているからだ。


 勝手に人の研究室にやってきたと思いきや、あいつはコーヒーを淹れて色々と愚痴っていくからな。まぁ、俺はその間に自分の研究をしながら話半分で愚痴を聞いているだけなんだが。


「それで、明日から授業ですよね? 準備はいいんですか?」

「あぁ。おおよそ終わっている。あの騒動があって色々と大変だったが、概ね終わっている」

「そうですか。さすが先生ですね」


 ニコリと微笑みを浮かべる。やはり一国の王女ということもあって、アリスは本当にきれいだと思う。本人には直接言ったりはしないが……それは、言ってしまうとこいつが調子に乗るのは目に見えているからな。


「思えば、先生の授業を聞くのは久しぶりですね」

「そうだな。迷宮関連であまり授業に手をつけることができなかったからな」

「私は本当に楽しみにしていますからねっ! もちろん、最前線で授業を受けますよっ!」


 胸の前でギュッと手を握ると、それはもうとびきりの笑顔を作るが……それは、明らかに作り物だと分かった。


「綺麗な笑顔だな」

「あはは、わかります?」

「あぁ。もうそれなりに長い付き合いだからな」

「ふふ。そうですね。では、私はこれで失礼しますね」

「もういくのか?」

「はい。先生の顔を見たかっただけなので」


 そういうとアリスは丁寧に一礼をして、去っていった。コーヒーは全て飲んでいるようだが、短い時間だった。


 俺は去っていく彼女の後ろ姿をただじっと見つめていた。

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