第79話 her authentic feeling
私は誰なの?
その疑問は明らかになった。
右腕が切断された時、やって来たのは衝撃だが……そこにあるはずのものがなかった。それは、痛み。私は全く痛みを感じなかった。ただ斬られた。それだけ。そして自分の腕の切断面を見て、私は自分が誰なのかを思い出してしまった。
私は人形だった。そうだ。私はこの第五迷宮で生み出された人形。ドールなのだ。その中でも完璧な知能を有した個体。でも其れ故に、この場所の歪さに違和感を覚えて脱走しようとした。
そこをあの女に見つけられて、囚われたのだ。
でもそれは、なぜかあの場所だった。あの十一層のあの場所。その理由は知らないが、私はただこの氷の世界から出たかったのだ。そしてこの場所は……地獄そのものだった。
そもそも、完璧な人工知能など人間の脳をフルコピーしただけでは実現しない。そう……私はただの人間の脳を完璧に複製しただけの代物。つまりは人工物ではなく、天然の代物なのだ。
だがあの女は諦めなかった。人工知能を作り出すためにありとあらゆる手段を講じた。そしてその中で生まれたのが私だ。他の人形は知能が完全に定着することはなく、ただ命令を聞くだけの人形になった。私はその中で、しっかりと会話もできるし、思考もできる。違いといえば、人と体の構成が違う。それだけだ。でもそれって、人と呼べるのだろうか?
脳機能だけを見れば人間と変わりない。だが私の体はただの人工物。私はただの村娘だった。そんな時に村が襲われ、私はこの氷の迷宮に閉ざされた。ここに初めて来た時は、ただただ恐怖した。そして生きたまま脳を開かれることに恐怖した。でも、脳には痛みの神経が通っていないため、脳を開かれたまま触られても痛みはない。だが発狂している人もいた。私はそんな中、ただ呆然としていた。ただ……早く終わればいいのに……そんなことを考えていた。
そして目が覚めると、私は人形の体を手に入れていた。感覚は人間とそう変わらない。でも確かな違和感があった。触覚が鈍いのが一番の違和感だった。そして女に言われたのだ。
「あら? 意識が戻ったの? というよりも……会話できる?」
「わ、私は……どうなったの?」
「わお。驚きね。数百人バラして、やっと成功例が一人。でもこれだと人工知能っていうよりも、ただの意識の複写ね。失敗だけど、得るものはあったわ。それにしても、人形の体と適合するなんてあなた……本当に運がいいわね」
「に、人形の体?」
「そう。あなた、人間じゃないわ」
「う、うそ……だってこうして話しているし……」
「ほら、証拠よ」
「え……」
瞬間、腕をスパッと切断される。そしてぼとりと落ちた腕の切断面を見ると、そこにはおおよそ人間のものとは思えない機械じみたものが詰まっていた。それに斬られた腕を自分でも見て、そこから血が一滴も垂れては来ない。
「そ……そんなこんな事って……」
「ま、人間の意識を持った人形ってところね。でも、意識を複写できるのは収穫だわ」
「わ、私はこれからどうしたら……どうして……どうして、こんなことに……」
普通に生きていただけだ。私は普通に村で暮らして、両親と生活をして、友達もいて楽しい毎日を送っていた。だというのに……どうしてこんなことに……。
「うーん。ま、しばらくは私の手伝いをしてもらうしかないわね。ほらそこの死体処理して」
「え?」
そこに転がっていたのは両親の死体だった。でも、頭と体は切り離されており血が至る所に飛び散っている。
「い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「ッち……うるさいわね。もう無理やりやらせるしかないか……」
「あ……が……ぐぅう……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
この体には痛覚は存在しないはずだった。でも、この女に命令をされてる時は張り裂けそうな痛みがした。そしてそこから先の意識は飛んだ。
「起きた……?」
「う……ああああ……」
「あらま。本当にタフね」
「ううう……私は……」
起きようとして、私は手を地面に置く。するとずるっと手が滑る。なんだろうと思って手を見ると、そこには血で塗れた手が映っていた。
「な……んで、どうして?」
「覚えてないのかしら?」
「……あ、そうだ……私は……」
この女に命令されてから、私はここに連れて来られたばかりの人間の首をひたすら刎ねたのだ。渡された剣を使って、まるで流れ作業のように首を刎ね続けた。女は「作業が楽になって助かるわぁ……」と喜んでいた。
あの時の光景はまるで映画のワンシーンのように、客観的に思い出せる。そこに当事者意識はなかった。ただ私がやったのだという意識だけは、残っていた……。
「第五迷宮は死体の保存も含めて最高なのよねぇ……それにギミックも人を誘い込むのにちょうどいいし。もう少し利用させてもらうかしらね」
「私は……もう……こんな、こんなことは……」
「はいはい。お疲れー」
それから一ヶ月近くだろうか。私はずっと同じ作業を続けた。首を刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。刎ねる。
私は首を刎ね続けた。
「いやだ、やめてくれ!」
「私はどうなってもいい! でもこの子だけはッ!」
「死にたくないッ! 死にたくないッ!」
「なんでもするから、た、助けてッ!!」
そんな声は私には届かない。ただ、私は作業をこなすだけだ。私もやめれるならやめたい。でもそれは叶わない。私の意識はどこか遠くにあって、ただそれをぼーっと眺めている……そんな感覚だった。
そして転機は訪れる。
「……逃げよう」
あの女は定期的に姿を消す。いつもこの迷宮にいるわけではないらしい。だからこそ、逃げ出すタイミングはある。私はいつもなら自分のしたことに罪の意識を感じて、ずっと震えているだけだった。でも……こんなことは終わりにするべきだ。だからこそ逃げ出した……そう、逃げ出せると思っていた。
「アーリア。どこ行くの?」
「え?」
「私があなたを逃すと思うの?」
「え、だっていつもは……」
「そうね。いないわね。でも、ここにはすぐ戻って来れるの」
「そんな……」
「うーん。あ、そういえばもうすぐエルが来るんだわ。あなた、彼について行きなさい」
「え?」
「記憶があると面倒だから、ちょっといじるけど……しっかりとエルを導くのよ?」
「何を、何を言っているの?」
そして私はあの場所に囚われたのだ。
エルとは誰なのか。でも今は分かる。だって彼はずっと私のそばにいたのだから。
そういえば、今思うと……あの女はエルさんにとてもよく似ている。いや、似ているなんてレベルではない。瓜二つなのだ。
でも今の私はもう……彼を殺すしかない。
そして私は体内から刃を取り出して……エルさんと相対することになった。
もう体は……言うことを聞かない……。
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